楓 〜ひとつの恋の話〜【短】
ただ、それでもこの男性を好きな事には変わりなくて、頭に浮かんだ言葉を声に出すまでに時間を要してしまった。


「おめでとうございます」


精一杯の虚勢を張って祝辞を紡ぎながらも、ちゃんと笑えたかどうかはわからなかったけど…


「「ありがとう」」


それは余計な心配だったらしく、私の気持ちなんて知らない二人は幸せそうに笑う。


女性の左手の薬指に埋まった指輪は、間違いなく男性が贈った物だろう。


視界に映るそれにまた胸の奥が痛んで、白いカップとお揃いのソーサーを持つ手が震えそうになった。


後少し早く生まれていたら、ここでこの男性(ヒト)と運命的な出会いをしていたのは自分(ワタシ)だったのかもしれない。


そしたら、彼の隣にいるのは幸せそうに微笑む女性では無く、自分(ワタシ)だったのだろうか。


彼らよりも刻んだ時間が少ない自分自身の運命を恨めしく思いつつ、せめてもの意地で最後まで笑顔を崩さなかった。


それから30分程して閉店間近になり、二人はいつものように仲良く手を繋いで立ち去った。


< 6 / 22 >

この作品をシェア

pagetop