猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
エメラルドの絆
30年前
30年前 ー晩秋ー 日本
綾乃(あやの)は国際空港の到着ロビーにあるベンチで身体を二つに折り腹痛にもがいていた。
しがみついている大きなスーツケースの中には仕上げた二枚の絵と描きかけの秋の絵がある。
夏は……
おそらく私の人生で二度とない経験をした
素晴らしい夏に描いた絵はもうない。
正式には売れたんだ
しかも信じられない値段で
初めて売れたのがあんな形だなんて
はるばる私を訪ねてきた彼女は、親友の想いを真摯に話してくれた。
まさか彼が、絢也(じゅんや)さんが、
あの大企業東堂コーポレーションの跡取り息子だとは思いもしなかった。
神様は素敵な出逢いと素晴らしい夏の思い出の代わりに、残酷な現実を与えた。
お伽噺や親友 実知(みち)の好きなロマンス小説ならば、このあと夢のような展開があるんだけどな。
残念ながら、この物語での私は婚約者のいる人を好きになった哀れな女の子。
「うっ……」
「ちょっと!あなた大丈夫?」
「えっ?月子(つきこ)さん?」
嫌な汗が流れる額のまま見上げると、イギリスの空港でご一緒したご夫婦の奥さまの方が心配そうに背中を擦ってくれた。
月子さんと豊(ゆたか)さんはヨーロッパ一周の新婚旅行から帰るところで、行った国々の出来事をとても幸せそうに話してくれた。
私も二人のような気持ちで帰って来られたら良かったのにな。
絵の代金の小切手を渡す時、彼女は一刻も早く私に日本へ帰って欲しそうだった。
急き立てられて、お世話になったイアンとディリアが止めるのを振り切ってアイルランドを後にした。
約束の日を知っていたのかな……
三ヶ月後に必ず迎えに来る!
彼の言葉を信じて帰国を延長して待っていた馬鹿な私
最後にもう一度だけ彼に逢いたかった
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