猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
「そうなんですか?」
「間違いない、彼女との婚約などありえない」
初花のストーカーよりもこの件を先に片付けるべきかも知れないと蓮は思った。
「そうだとしても、一花はやめてください」
蓮は怒りを振り払うように頭を振ると、瀬川の顔をまっすぐ見た。
「私からも質問させていただきたい」
彼女はカップを手に取り、コーヒーを一口飲んでから蓮の顔を見た。
「なんでしょう?」
「誰から私と彼女のことを?彼女があなたに話したんですか?」
「それは……」
言い淀んでうつむいてから、瀬川は一つため息をついて顔を上げた。
「一花には言わないで頂けますか?」
「お約束はできませんね」
蓮は意地悪ではなくそう告げた。
彼女にとって良くないと判断すれば隠すつもりはない。
瀬川は苦笑いして、さっきより深いため息をついた。
「うちの社長は、この10年彼女の父親がわりなので
…その、心配しているんです」
「社長さんが初花から聞いたと?」
「いいえ」
何か言おうとして開けた口を閉じて、彼女は首を振った。
「瀬川さん」
蓮の苛立ちを含んだ声色に観念したのか、瀬川はコーヒーを一気に飲み干した。
「ここ数日私は彼女の家を訪ねています」
一旦言葉を切って、問い詰めるような眼差しで蓮を見る。
「一度一花に確認しましたが誤魔化されて、何か知らないかと管理人に確認しようとしたら、逆に私が怪しまれて警察を呼ばれそうになりました」
思い出して顔をしかめる彼女に蓮は内心で笑った。
初花の言う通り、元警察官の管理人はしっかり仕事をするようだ。
「それで社長と相談して、人を使って調べさせたんです。五年前の事を考えると、社長は彼女が心配だったので……」
最後の方に呟くように言われた言葉が、蓮の心に小さな棘のようなものを刺した。
「五年前?」
初花が恋愛をやめてしまった五年前
「一花から何も聞いていませんか?」
そう、五年前を聞きそびれていた。
問いただして聞くよりも、彼女から話してくれるのを待っているからだ。
― ここで聞くべきじゃない
頭の片隅で鳴る警告を蓮は無視した。