猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
「ところで、瀬川さん」
立ち上がって帰ろうとする瀬川は『何か?』と振り返った。
「黒猫ですが、」
「え?黒猫?」
「彼女のコレクションの……」
「ああ、あの猫たちですね……シルバーとか緑のラインストーンのですよね?」
「そう、その中の黒猫ですが」
「黒猫なんていました?」
瀬川は記憶を呼び覚ますように瞳を彷徨わせてから、首を振った。
「すみません、思い出せないのですけれど、それが何か?」
「いえ、妹が欲しがりそうなものだったので、どこで買ったのか、ご存知なら教えて頂こうかと思っただけです」
「一花に直接お聞きになれば?」
「シスコンだと思われたくないので」
「ああ、そういう事ですか」
妙に訳知り顔で頷かれて、蓮は内心で顔をしかめた。
「初花には内緒にしてください」
「わかりました。これでお互い一花に対して秘密ができましたね」
その言い方に不快を感じたものの、蓮は作り笑いで誤魔化し、瀬川をドアまで見送った。
*****
どういう事だろうか?
帰宅する車の中で、蓮は瀬川美樹との会話を思い返していた。
最後、何気なく問いかけた黒猫について彼女の態度に怪しさはみられなかった。
あの顔は本当に知らなければ出来ないものだろう。
俺の勘は外れたか?
だが、納得出来ない点はまだある。
誰かを使って初花の行動を調べたとして、何故、俺の家にいるのか?と尋ねなかったのだろうか?
ストーカーの件は彼女も当然知っているはすだ。
初花は付き合って間もない男とすぐに同棲するような女なのか?
そうじゃない!
蓮はその考えは直ぐに打ち消した。
亡くなった男とも一緒に暮らしていたのだろうか?
結婚を考えていたのなら当然か。
どんな男だった?
これまで例え勝ち目が低くとも、どんな勝負にも挑んできたが、亡くなった人間相手に勝てることなどあるのだろうか?
初花の心には永遠にその男が居続ける。
二番手では満足出来ないぞ?
レースに出ていた時も仕事を始めてからも、ずっと運が味方していた気がするが今回ばかりはそうはいかなかったのか?
フッと苦笑いする。
所詮、確かなものなど何もない。
「これもまた運命か……」
「何かおっしゃいましたか?」
兵藤がバックミラー越しに主を見ると、蓮は疲れた顔で瞳を閉じていた。