猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
病院に来るのは多分十年ぶりで間違いない。
懐かしい消毒薬の匂いは両親の匂いでもあった。

久遠総合病院は、元は産科医だった曾祖父が戦後今の場所に産院を開業し、祖父が総合病院の形まで大きく広げた。

現院長でありながら現場主義の父は、初花が小学生の時に救命センターの指定を受けるとほぼ家に帰ってこない生活になった。

同じ頃、産科医の母は有名女優の出産を引き受けた縁からテレビや雑誌で悩める女性たちのアドバイザーとしてコメントするようになり、その容姿も相まってちょっとした有名人になった。

留守がちと言うより、ほぼ家に帰ってこない両親。

寂しくて病気の人を恨む罰当たりな気持ちになったり、自分は捨てられた不幸な子供だと思うこともあった。

それを口にして反抗しなかったのは、責任感の強い兄や幼馴染みだった隣の家の彼がずっと側にいて寂しさを遠ざけようと努力してくれたからだった。

初花はロビーに立ちしばらく人の流れを見ていた。

勉強が苦痛で医者になれないと思ったわけではない。
医者になりたくなかったのだ。

医療の道に進むだろうという周囲の当たり前が嫌だったし、また両親のような家庭を将来自分が築く事が疑問で悩んだ末、吉濱社長のスカウトに飛びつくように家を出てしまった。

瞳を閉じて長い息を吐き出した。
混み合う外来を抜けて入院病棟へ向かう。

「すみません、三条麻未さんの友人です」

私がモデルの一花だと気づいても、この病院の娘だとは知らない受付の若い看護士が麻未の個室を教えてくれた。

―三条麻未―

名前のある個室の前で初花は立ち止まって考える。

なんて声をかけよう

いつも憎まれ口しか言い合わないから、こんな時になんて言ったら慰められるかわからない。

でも、私なら……

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