猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
ノックをすると『はい、どうぞぉ』と沈んだ声が聞こえた。
いつもの少し甲高い勘に触る声が懐かしく思えて胸がチクリと痛む。
「大変だったわね」
入ってきた初花を見た彼女は唇を噛み締めた。
「なによ、いい気味だって笑いに来たの?」
左の足首を固定され顔にガーゼの巻かれた痛々しい姿に、初花は思わず瞳を反らしたくなるのを寸でのところで堪えた。
「違うわよって言いたいけど、実際 瞳にしちゃうと悪いけど笑えるわね」
私だったら……
麻未に同情されたら余計に落ち込む、そう思ったからあえて普段の私達の関係のままでいこうと思った。
「なっ……」
一瞬絶句した彼女だけど、ホッとしたような顔で初花を見てから少し唇を歪めた。
「ライバルが減ってホッとしたって顔に書いてあるわよ」
「誰がライバルなの?」
「ふんっ、ミネラルウォーターの仕事は麻未に決まっていたのにぃ」
「そうなの?!」
残念ながら私は落ちたけど、あれは最初から出来レースだったの?!
「当たり前じゃない!やる気のないあなたと違って麻未にピッタリだったのにね」
「はあ?」
その話し方からすると、どうやらコネとは関係ないようだ。
「決まった子は10代の中学生だって聞いたけど?」
「まったく。若ければ良いってものじゃないのに、あの会社は何もわかってないわねぇ!若い子が飲むのは水じゃなくて炭酸!ターゲットがわかってないんだからぁ」
確かに。
地下から涌き出たとか、近くに温泉の源泉がとか、
やたらと水質にこだわった水だったのに。
透明さとかフレッシュさを若さだけに頼って表現するのはちょっと違う気もする。
「ほんとね、あなたの言う通りだわ」
初花がうなずいて同意すると麻未が瞳を大きくした。
「な、なによっ、気持ち悪いわね」
「え?なにが?」
「あなたが私に同意するなんて」
「ああ」
そうね、これまで彼女の言うことには否定しかしてこなかった。
それは明らかに私を敵視した嫌味ばかりだったから。
でもこうしてみると、皆の言うように麻未はモデルの仕事に関して本気で取り組んできたんだと改めて知らされた。