猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
想いの変化
「あれ、蓮さん?」
母から逃げるように乗ったエレベーターを降りて病院の正面玄関を出ると、見たことのある黒塗りの高級車が停まっていた。
運転席に座る人を見て車に近づく。
「兵藤さん」
コンコンと窓を叩くと、難しい顔をしていた兵藤さんがハッとした。
「初花様、どこかお加減が悪いのですか?」
兵藤は運転席から降りて心配そうに初花を見た。
「様はやめてください。知人のお見舞いに来たんですけど、兵藤さんこそどうかしたんですか?まさか!蓮さんに何か…」
「いいえ、社長もお見舞いに来られました」
ホッとする初花を見て兵藤は笑顔になった。
「蓮さんの親しい方なんですか?」
「それは私の口からは……」
申し訳なさそうになっていく表情に、初花の方が申し訳ない気持ちになった。
蓮さんの方がずっと年下なのに、兵藤さんは彼をとても尊敬している。
大袈裟な言い方をすれば忠誠を誓っていると言えるから、些細なことでも彼の情報を話すはずがない。
「そうですよね、ごめんなさい」
「ええっと…」
「大丈夫です、気にしてませんよ」
本当にそう思っているから笑顔を見せた。
ASOの社長である彼の事だ。
名前を明かせないどこかのVIPのお見舞なのだろう。
「初花様」
「だから様はやめてくださいって」
背中がこそばゆくなる。
「では、初花さん」
「はい」
「社長を信じてください」
兵藤さんは優しく諭すように…ううん、違うその瞳の奥は願うよう。
初花は少しだけ戸惑った。
「もちろん信じてますよ?」
このお見舞に何かあるの?
彼に会って確かめるべきなの?
確かめてどうするのよ……
?が次々に浮かぶ表情の初花に兵藤は苦笑いする。
「余計な事を言ってしまいましたね」
「いいえ!」
そうよ、信じてるって言ったばかりじゃない。
「私、行きますね」
「お帰りですか?もしよろしければご一緒に社長をお待ちして……」
「ううん、これから友人と約束があるんです」
「そうですか。では、お気をつけて」
残念そうな顔の兵藤に別れを告げて、初花は予約している店へ向かった。