猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
「ここって……」
連れて来られたモダンなビルの3階、エレベーターが開くと黒色のアイアンで作られた【ル.ソレイユ 】の看板に迎えられた。
「どうぞ入って」
一見カフェ風のおしゃれなオフィスの中に一歩踏み出すと、その中は活気溢れるデザイン事務所だった。
ハンガーラックとトルソーにたくさんのカラフルな洋服がかけられており、部屋の真ん中の大きな台には色見本とデザイン画が広げられ、奥からはミシンの音が聞こえてくる。
日向が入って行くと手を止めて『お疲れ様です』と挨拶するスタッフが、続く初花を見て笑顔になる。
「いる?」
日向がスタッフの一人、マネージャーらしき人物に声をかけると『はい』と彼女が奥の部屋を指した。
「初花、こっち来て」
日向がトントンとその部屋の扉を開けると、机に向かっていた髪を無造作に束ねメガネをかけた女性が顔を上げた。
彼女の周りの白い壁には数枚のデザイン画が貼られ、そこに手書きの付箋がいくつも付いている。
背後にあるむき出しのラックには海外の雑誌や専門書と家族写真…、記念なのかブランドロゴ見本が額に入って飾られていた。
「連れて来たわよ」
日向が声をかけると、彼女は初花を上から下まで厳しい瞳で見てうなずいた。
「初花、紹介するわ。我がル、ソレイユのデザイナー
冴縞紗綾(さえじまさあや)さん」
「初めまして」
立ち上がった彼女は初花に笑顔を見せた。
「初めまして…あの、間違っていたらごめんなさい。もしかして、saejimaジュエリーのsaya.kのデザイナーさんではないですか?」
「あら、嬉しい!私を知ってるのね」
世界的に有名なジュエリーデザイナーkyoko.Saejimaのセカンドラインを手掛けるsaya.kは、主に花をモチーフにしたデザインが多く、特にアネモネはいま若い子達に人気のシリーズだ。
「やっぱり!以前雑誌のインタビューを拝見した事があって。私ファンなんです、アネモネシリーズが大好きで今日もこれ……」
初花は耳に付けているゴールドで花芯にベビーパールをあしらったピアスを指した。
「ひな、パーフェクトじゃない?」
「まったく先輩は単純なんだから…」
「え?!ソレイユのメインデザイナーって冴縞さんだったんですか?」
日向が笑ってうなずいた。
「そうよ、一昨年パリのジュエリーコレクションにお邪魔した時に、響子先生から直接紹介されたの。自分のブランドを立ち上げたいって言う私の噂をどこからか聞き付けたみたいで『孫はどうかしら?』って」
「孫って言っても血は繋がってないんだけれどね。
祖母は私がジュエリー画のスケッチに載せてた洋服の絵を見て密かに考えていたみたい」
紗綾は笑って肩をすくめた。
「紗綾さんは学校の先輩だった事もあったし、もちろんsaya.kは私も好きなデザインだったから、その絵をいくつか見せてもらったの」
「そしたらこの人が二つ返事でOK出すから、私そのままパリのデザイン学校に通う事になったのよ」
二人はその時の事を思い出したのか、お互いの顔を見て笑いあった。
「で、その準備期間を経て今日に至るってわけ。
ところで初花、ここを見てどう思う?今の話を聞いてどう思った?」
「どうって?日向も紗綾さんも天職を見つけて輝いていて羨ましい、あ、もちろんオフィスも素敵」
「……やっぱりね」
何故かガッカリする日向に初花は首を傾げる。
「はあー残念」
紗綾さんも短いため息をついて、また机に向かってしまった。