猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
事務所を出た日向が向かった先は【silver spoon】美桜の店だった。
初花は入り口のギャラリーに展示されているガラス細工の動物たちに足を止めた。
「小鳥が増えてる、あーやっぱりあのコ可愛いな…」
その様子を店内から見た美桜は初花の後ろで苦笑いする日向にうなずいた。
「お客様、気に入ったものが御座いましたらお申し付けくださいませ」
扉を開けて二人を中へ促した。
「あそこにあったリボンの形した陶器のケース売れたのね、あ、あの壁のセル画は新しいものね」
「ええ。よく気付いたわね」
美桜がそう言うのも無理はない。
店内は一見すると、どれが売り物なのかディスプレーなのか区別がつかない品々が雑然と置かれている。
「パパまた何か買い付けたの?」
「お義父さまは目利きなのよ」
東堂コーポレーション社長の趣味の店silver spoon。
オーナーは一貫性なく気に入ったものを買ってくる。
日向は勝手に店内の椅子を二つ美桜のデスクに持ってきて、初花にも座るように促した。
「東堂さん、またおこりんぼ見つけてきたの?」
少し前から研究室の陽人を訪ねると、何故か白雪姫に出てくる七人の小人の【おこりんぼ】ばかりが机に並んでいて不思議に思っていたが、ここに来てその答えを知る事ができた。
「そうよ、陽人に奪われるってわかってるくせにね」
美桜の机にいる小人が六人な事が許せない夫の東堂さんが、出張先や骨董市で意地になって見つけてくるらしい。
そして初花はもう一つの謎の答えも見つかった。
面倒臭がりの陽人が研修で出掛けると、変なボールペンをわざわざ探して買っているのは何故か。
あれはおこりんぼの代わりに、東堂さんにあげるための物だったんだ。
「初花、楽しそうね」
美桜が奥から飲み物を持ってきた。
「ええ、ここに来ると心が踊るわ」
「じゃあ、ここで働いてみたら?」
ポットの紅茶を注ぎながら美桜がにっこり笑ってカップを渡した。
「ここで?」
驚く初花から紅茶のカップを受け取りながら、日向は
口を尖らせた。
「専属モデルを辞めるのは泣くのに、タレントのお仕事はしたくない。だったら、ソレイユでって思ったんだけど、美桜がそれはダメって言うから」
「どうして?」
初花は美桜を見る。
「モデル辞めたいんでしょう?」
「えっ」
その質問は初めてだった。
『辞めるの?』と聞かれて、辞めなければいけないのかと悩んでいたけれど……
「じゃあ、続けたい理由を言ってみて」
初花は言われて言葉に詰まってしまった。
モデルを続けたい理由……
ジェニーのように服が好きだから?服は好きだけど…
麻未のようにモデルのプライドで?プライドなんて…
日向のように自分の世界だと感じてる?それは……
「このままずっとモデルの世界にいたい?」
美桜が笑って言った。
「えっ!?…あ、言葉にしてた?」
「ふふっ、陽人が言ってたのよ、初花の心の声はハッキリ聞こえるって」
陽人も気づいてたのに教えてくれなかったのね!
「はあ、心の声を口にしちゃうの気を付けないと」
「ソレイユでモデルしたらいいじゃない」
「ひな、急かしちゃだめよ」
モデルの世界……
その言葉に初花はあの日を思い出した。