猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
五年前
あの人から『結婚しよう』と言われた時だ。
大好きな彼からのプロポーズに喜んでいいはずが、口から出たのはモデルを理由に先伸ばしにする言葉だった。

*****

「雑誌の専属モデルに決まったの、働く若い女性向けの雑誌で家庭の印象があると……」

言いながら胸が苦しくなった。

「そうか。ごめん、勘違いしてた」

「勘違い?」

「ああ、イチがずっとその世界にいたいとは思ってなかった」

初花は内心ビクッとした。
まだ自分でもはっきりしない気持ちを見透かされてた。

ありがたい事にティーン雑誌のメインを務めて以降、ショーや同年代向けの商品の広告に器用されてきた。
吉濱社長にスカウトされて以来、走り続けてここにいる。
でも、ファッションの先端で華やかに見えて現実は体型や美容の維持、なりより常に自分をアピールしなければならない事に、最近モチベーションが上がらなくなっていた。

だけど、生活するために仕事は必要で、今の自分にモデル以外の何が出来るかなんて考える暇もない。

そんな時に決まった専属モデル。

「それは……」

「イチ、実は俺シンガポールへ行くんだ」

「え?」

「向こうの橋の建設チームに選ばれて」

「おめでとう!!すごい!」

それは彼がずっと夢見て頑張っていた仕事。

「最低でも二年は行くことになりそうなんだ。だから一緒に行きたいと思ったんだけど……」

「……ごめんなさい」

「謝ることはないさ、イチも大きな仕事決まったんだし。返事はシンガポールから戻ったらでいいよ」

「うん……」

「お互い思いっきり頑張ろうな!」

チクチクする胸の痛みを隠して初花は彼を見送った。

*****

あの時、今は結婚は出来ないってわかっていた。
でもその理由が説明できないから仕事を言い訳にして……ううん、はじめからそうだったんだ。
モデルになると決めた時も、敷かれた医療へのレールには乗れないってわかってた、でもじゃあ何がしたいかってはっきり言える事がなくて……

だからって、この仕事を嫌々してきたんじゃないわ!
それは誓って言える。
努力して報われて、それが心からの喜びだった。

……だった、か。

はあーっと初花は長いため息をついた。

「一旦立ち止まってみたら?ここの仕事は本当にやりたい事ではないかも知れない、でも心が踊るならやってみて。丁度アルバイト募集中だし」

「やっぱりモデル続けたいと思うかも?」

「ひなったら、モデル初花を相当気に入っているのね」

「だって悔しいけど、これ見たら欲しくならない?」

日向は初花のワンピの裾を引っ張った。

「スーパーモデルにそこまで言われると、モデルとしての自信がみなぎってくるわね!」

「そうよ!そのいきよ!」

初花は日向と一緒におどけながら、頭の中はぐるぐるしていた。

美桜は『辞めてどうするの?』ではなく、
『辞めるなら、どうしたい?』と聞いているのだ。

その微妙な言葉の違いは、初花の胸に刺さった。



< 149 / 159 >

この作品をシェア

pagetop