猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
特集記事の撮影と対談を終えた初花は、以前から来たいと思っていたこのホテルのカフェで、有名な庭を見ながら一人で美味しい紅茶を飲んでいた。
「よろしいかしら?」
初花が視線を向けると和服の女性が前に立っていた。
綺麗な色無地の着物だが地紋が入っているので高級なものだとわかる。
「ここ失礼しますよ」
初花の了承は必要ないようだ。
庭に向けたテーブルに扇状に置かれた三脚の一つ、
初花の向かいに彼女は腰を下ろした。
「あ、麻未の所で……」
「ええ、先日麻未さんの病室でお会いしましたわね」
「はい、あのどうしてここに?」
「星夏があなたと対談すると聞いて、ちょうど良いと思いましてね」
「え?星夏くんのお母様で…」
「あの腕白は私の息子ではありません」
口調は厳しいのに、瞳は優しく見えるので星夏くんを嫌っているのではなさそうだ。
「す、すみません」
「いえ、先に名乗らない私も悪いですから。
私は大河内零華(おうこうち れいか)です。星夏は従兄弟の息子です」
「そうでしたか、失礼しました。私は…」
「久遠初花さん、久遠総合病院の娘さんですね」
初花は驚きで瞳を開いた。
「はい、どうしてそれを?」
「お話する必要はないと思いますが、知りたいのでしたら蓮さんにお聞きなさい」
「蓮さんに、ですか?」
この女性…、零華さんの言う事に少しずつ理解が追い付かなくなってきた。
星夏くんは呼び捨てなのに、蓮さんには『さん』がついているのはどうして?
「蓮さんは麻生の人間ですが、大河内にとっても格別な存在です」
「格別?」
「あの腕白は何も話していないようですね」
『失礼します』といつの間に注文したのか、彼女の前に置かれたコーヒーを渋い顔で一口飲まれた。
「久遠家でしたら問題はありません。あなたの母方の高祖母さまと私の曾祖母はご学友だったそうですし、父方も含め辿れる限り、悪しき血は見当たりませんでしたから」
あ、悪しき血?!
ここはどこ?え?夢じゃないのよね?
いつの間に異世界に来てしまったの?
「あの、何をおっしゃっているのか…」
「まあ、私としましては三条さんが良いかと思ったのですが、宮司があなたには『白猫が見える』と仰るものですからね、それならば申し分がないでしょう」
「宮司が白猫……」
彼女の瞳をみれば、冗談を言っているのではない事は確かで。小説や漫画の世界の話ではなく現実の話をされている事に初花の頭はショートしそうだ。
「おばさま!!」
星夏が走ってきた。
「何ですか、大声をだして」
「すみません」
荒い息を整える様子を見ると、ホテル内を探し回ったようだ。
「あなた、何もお伝えしていなかった様ですね」
「それは……」
「あの!何となくですが、事情はわかりました。でも蓮さんのお相手が私とは……」
「それはどういう意味ですの?」
「待って!!ちょっと…待って!…下さい」
まだ息の整わない星夏に初花は水の入ったコップを渡すと、彼は立ったままごくごくと飲み干した。
「お行儀悪いですよ、お座りなさい」
初花が真ん中の椅子に置いていたバッグを取ると、星夏はそこに大人しく座った。
「この事を蓮さんが知ったら大変です」
「何です?それは脅しているつもりですか?」
「まさか。でも蓮さんは総代ですから」
その言葉は効果を発揮したようで、彼女はふんっと鼻を鳴らしてコーヒーを飲んだ。
「初花さんは何も聞かされてないそうです。僕が説明しますから。だからおばさま、今日のところはお引き取りください」
「仕方ないですわね。では初花さんお話はまたの機会にしましょう。頼みましたよ、星夏」
彼女は優雅に立ち上がると、星夏の返事を聞かずに去って行った。
初花は彼女が来た時から去って行くまでの全てを、他人事のように感じていた。