猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
一花と陽人
― 翌日ー
コンコンと扉を叩く音に蓮は書類から顔をあげた。
「なあ、東堂のおじ様はどこか悪いの?」
唐突にそういうと厳しい表情で陽人が入ってきた。
「どういうことだ?」
質問の意味を考えながら陽人を見た蓮は瞳を細めた。
カジュアルだがジャケットを羽織り、珍しく弟がきちんとした格好をしている。
蓮はもう一度質問を繰り返した。
「わざわざそんな恰好をして会社にまで来るなんて、いったいどういうことだ?」
「これじゃあまずかった?俺なりにきちんとしてきたつもりだけど……」
陽人は自分の服装を見て顔をしかめ『どこか変か?』ともごもごと呟いた。
「失礼します」
秘書がコーヒーを置きながら陽人の呟きにクスッと笑ってから何も言わずに出ていった。
「なんだよ……どんな格好ならいいんだ?」
「そうじゃない。まともな格好で訪ねて来た理由が、おじ様が病気?とはどういう意味だと聞いてるんだ」
「だから~おじ様の病気は悪いのか?って俺が聞いているんだけど?」
コーヒーに砂糖を入れながら陽人はのんびりと聞いた。
「おじ様は病気なのか!?」
「それを聞いてるのは俺だってば。兄さんは知らないってこと?」
「何なんだ!わかるように話してくれ」
埒のあかない会話に蓮はしびれを切らしたように持っていたペンを書類の上に投げた。
「だって、昨日いきなり俺の所にきて
『おまえは自分の年齢と立場をわかってない!』
って言いながら、咳き込んだかと思ったら
『私ももう若くないから』なんて言うからさ」
「ああ、その事か。おまえも例外じゃなかったんだな。おじ様は親友の代わりに息子の幸せを見届ける責任があるそうだ」
「なぁんだ、道理でわざとらしい咳き込み方だと思ったんだよ」
陽人はコーヒーを一口飲むと、凝りをほぐすように首を回してアンティークのソファーにもたれた。
「絢士(あやと)のせいか」
「ああ」
「息子が現れてからおじ様はずいぶんと策士になったんだね」
「あの人は昔から策士だ」
蓮はまたペンを持ち書類にサインを始めた。
「確かに」
リラックスした陽人は蓮のつむじを見ながらおもしろがる表情を見せた。
実は本題はこれからなのだよ、兄さん。
陽人はコーヒーにまた砂糖を1つ入れて一口飲む。
「そう言えばさ……」
たっぷり間を置くと陽人は沸き上がる笑みを噛み殺した。
蓮はその表情には気付かず、コツコツとペンで書類を叩きながら考え事をしている。
「一花をあんなに怒らせた人は初めてだと思うよ?」
はっと顔をあげる蓮に、陽人はついに笑いを堪えきれず盛大に吹き出した。
「彼女に会ったのか?!」
兄のそんな顔を見られるのだから、 こうして窮屈な格好をしてきた甲斐がある。
「会ったもなにも、」
昨晩のことを思い出し笑いながら、兄に彼女が何と言っていたかを教えた。