猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
「陽人、いい加減その笑いを止めろ」
「はいはい、すみません」
蓮が持っていた万年筆の先を向けてきたので、陽人は降参するように両手を上げた。
「あ!そうだ、彼女から伝言があるよ」
陽人の口はまだ笑いを堪えている。
「伝言?」
「私は決して恥ずかしがりなんかではないし、
彼女と比べて劣っているとは思いません!ってさ」
「なるほど」
真面目な顔でうなずいた兄の口の端が、片方だけ少し上がったのを陽人は見逃さなかった。
「一花に何をしたのさ?」
蓮はその質問には答えず、真剣な顔で陽人を見た。
「彼女はおまえのか?」
「そんな言い方すると、ますます彼女に嫌われるよ」
陽人は軽口を叩きながらも、内心で驚いていた
おまえのか?だって?!
「いいから答えるんだ!」
「そうさ、彼女はずっと俺が大切に隠してきたんだ」
おいおい、嘘だろ?!
苦虫を噛み潰したような兄の顔に陽人は堪えきれず声を上げて大笑いした。
「わっははは!嘘、嘘、NOだよ!
彼女は友達の妹で俺にとっても美桜と同じただの妹」
「陽人。そろそろ兄をからかうのはやめろ、
さもないと、本気でやり返すぞ?」
まずい……あの瞳は本気だ。
陽人は直ぐに笑いを引っ込めた。
だが俺だって言わなければならない事は、兄だろうと関係なく言わせてもらう
「ただの妹だとしても、大切な人には変わりないし
例え兄さんが相手でも彼女を泣かせる奴は俺が許さない」
昨夜のような一花の涙はごめんだ
「わかってる」
わお!そんな顔するのかよ!
「どの程度本気?」
「答える義務はない」
ふうーん、かなり本気だな
一花と兄さん……これは本格的に面白い事になりそうだ、と楽しい想像をしていた陽人は兄の言葉で一気に現実に戻された。
「そう言えば、オーストラリアの準備は出来たのか?」
陽人は来週から向こうのチームに招待されて現地の希少動物の生体や保護について調べに行く。
「三ヶ月も行ってる場合じゃないかもな……」
この展開を見逃すのは惜しいだろ
「ん?なんか言ったか?」
「ううん、こっちの話」
「美桜はもう人妻なんだ、荷造りは自分でやれよ?」
「わかってるって」
いや、本当は忘れてた。
まあいいさ、
足りないものは現地で買えばいい。
ん?買い物に行く……それは面倒だな
そうだ!美桜がダメなら絢士に頼もう
陽人はいきなり立ち上がった。
「どうした?」
「帰るよ、行く所があるんだ」
「そうか」
来たとき同様、唐突に陽人は出て行こうとして、扉を閉める直前蓮を振り返った
「兄さん」
「ん?」
蓮は訝しむような表情で弟を見た
「きちんと一花に謝ってくれよ」
蓮の答えを待たずに、釘を刺すようにそう言って陽人は出ていった。
「わかってるさ」
蓮は閉じた扉に向かってため息混じりに答えた。