猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆

「今期は志藤さまのお陰で人気も上がり、サーキットも賑わっている様です」

志藤迅(しどうじん)は蓮が現役時代のライバルであり、切磋琢磨する友人でもあった。
会社を継ぐことになり引退する蓮が自分のチームに引き抜いた。

鷹田が次の会議の資料を確認しながら、ふと思い付いたように言った。

「奥様が元人気女優というのは何かと大変でしょうね?」

志藤は清純派で人気女優だった結城和奏(ゆうきわかな)と電撃結婚した。電撃というのは人気絶頂の彼女が芸能界を引退したからだ。

「さあ、どうだろうな」

報告書に目を通しながら友人の事を思い出し、蓮は独り笑いした。

昔からあいつほどややこしい状況を好む奴を知らない。
移籍するのだってそうだったし、俺の代わりにチームを引き継いでからはピンチを何度も乗り越えてきた。

奴はどんな状況だって困難を楽しみに変えられる術を知っている。
きっと今頃は、有名人の夫という立場を面白がっているに違いない。

サーキットの手前のエリアで車のスピードがゆっくりになった。

窓を開けて外を見た鷹田が小さな人だかりを確認した。

「今日は雑誌の撮影が入っているようですね」

このサーキットには森林公園が併設されている。

「あれは例の新型EV車の宣伝を兼ねた、ペットプロジェクトの紙面広告の様ですね」

鷹田が電子パッドでスケジュールを確認した。

自分の予定と関係ない動向まで把握しているあのパッドには、一体どれだけの情報が入っているのかと思うと恐ろしくなる。

「犬とドライブってコンセプトでしたね」

「ああ、あれか」

ふと視線を向けた蓮は苦笑いして首を振った

「運命ってやつは……」

「何か仰いましたか?」

「ここで下ろしてくれ」

蓮は運転手の兵藤に車を止めさせた。

「え?サーキットへは?」

「おまえが志藤の様子を見てきてくれ」

言いながら蓮はサッと車を降りる。

「はっ?!」

鷹田が慌てて車から降りようとすると蓮がドアを抑える

「心配するな、運転はしない」

「社長?!蓮さま!!」

「兵藤さん」

行ってくれと目線で合図する。

兵藤は黙って頷くとサーキットへ向かって車をスタートさせた。


< 22 / 159 >

この作品をシェア

pagetop