猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
「二度と私に近づかないで下さい!」
もう!!!
ただでさえ気分が悪いのになんてこと。
彼がどういう意味で誘っているかなんて、今の今まで考えなかった自分もバカだったけど
ひどい屈辱よ、
私の事をたかる女だと思うなんて!
お遊びの相手なら他を探してよね。
だから嫌なのよ、顔がいい男は!
ましてお金があるとろくな事を思いつかないんだから。
何かを買い与えれば思い通りになると思っているなんて、正真正銘のろくでなしだわ。
ああ悔しい……
「待て!」
待て、ですって。
この上、横柄な性格まで持ち合わせてるわ。
本当に陽人のお兄さんなのかしら?
「命令しないで!」
一花の剣幕に怯んだ蓮は彼女の鞄を掴んだ。
「待ってくれ!」
もう!手だったら振り払えたのに。
「なんですか!」
「すまなかった」
一花が振り返ると心底すまなさそうな表情の彼が頭を下げた。
「私は自分の服装を見てあなたの行くようなお店に相応しい格好をしていないと思ったから、そう言おうとしただけです。洋服なら自分で買えます。きちんと働いているんだから」
「その通りだ。オレが悪かった」
素直に非を認める彼に一花は大きく息をついた。
どうやら石頭の頑固者っていうのはなさそうね。
「いいわ、陽人に免じて許してあげます。
それじゃあこれで……」
頭から湯気を出していてもおかしくない彼女の態度に、蓮は自分がとんでもない勘違いをしてしまった事に舌打ちした。
彼女は違うとわかっていたのに、ついこれまでの事が頭をよぎってしまったんだ。
「待ってくれ」
蓮は今度は彼女の華奢な手首を掴んだ。
「離してください」
「どうしたら許してくれる?」
「もう許したと言ったはずです」
「いや、一緒に食事に行くほどは許してくれていないだろう?」
「初めからそういう気はなかったの」
「頼む、チャンスをくれ……」
蓮は自分の口から懇願する言葉が出てきた事に面食らって、それ以上言葉が続かなくなった。
頼むだと?!
いつから俺はこんなに女々しい男になった?
いや、そうじゃない。
自分の心に入り込んできた彼女の大きさに、戸惑いと驚きを感じずにいられない。
「チャンスカードは持ってないわ。それに今日は誰かと食事する気分ではないんです」
「そうか……残念だな」
ここは身を引くべきだろう。
チャンスは必ずまたくる。
「さようなら」
彼女は冷たく言い放ち、扉の近くにいたスタッフに『お疲れ様』と挨拶をすると、俺の方を一度も振り返らずに帰って行った。
「運命は手強いな」
蓮は苦笑いしながら、後ろ姿を見送った。