猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
「あの笑顔に騙されたらダメだよ」
「え?」
完全にタキさんの姿が見えなくなると、彼が小さく笑った。
騙される?
彼女の瞳はとても優しい色だった。
世の中の母親が子供に見せる慈愛に満ちた優しい瞳をしていたのに。
「あの人のお仕置きは恐ろしいから、怒らせるような事はしないように」
わざとらしく身をすくめてから、蓮は一階の案内を始めた。
お仕置きをされる彼が想像できなくて、思い浮かぶのはタキさんを前に渋い顔をする彼の顔でそれを想像したら一花は何だか可笑しくなった。
「何を笑ってるんだ?」
「別に笑ってません」
一花は慌てて真面目な顔を作った。
「ここがダイニング。俺に合わせず君の都合で食事をしてくれてかまわない」
開放的な部屋の大きな窓を背にして長いテーブルがある
蓮さんはいつも一人ここで?
自分だって家では孤食なのに、なぜか彼がここで独りなのは寂しいと感じてしまった。
「モデルさんはあまり食べないか」
「え?」
「食事制限があるんだろ?」
「ああ!私はそんなにストイックな生活はしていないんです。こんなこと言うとモデル失格かもしれないけれど、美味しいものは大好きです」
有難いことに元々太りにくい体質なのか、食べ過ぎた分はひと駅歩くとか簡単な運動で取り戻せる。
もちろん、それなりに気を付けた生活を送った上でだけれど。
「そうだろうな」
蓮は先ほどの店での彼女を思い出して微笑んだ。
モデルなんてサラダと水しか口にしない生き物だと思っていたから、あえておすすめコースでいいか?と聞いたのに、彼女はデザートまでしっかり平らげていた。
「何か希望があれば遠慮なく言うといい。脇田(わきた)も腕を奮う機会が出来て喜ぶだろう」
料理人さんは脇田さんて言うのね。
呼び方に『さん』がついてないところを察すると脇田さんは蓮さんよりも若いのかしら?
「ありがとうございます。
でも食事くらいは自分でなんとかしますから」
「好きにするといい」
遠慮するなと言った所で彼女は聞き入れないだろう。
ここで押し問答をしても仕方ないと蓮は早々にあきらめた。