猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
「あそこが俺の書斎で、こっちが応接室と音楽室。そして、ここがリビングだ」
「すごい……」
一花は感嘆の声をあげた。
「本物の暖炉、初めて見た」
それに家具や調度品には詳しくないけれど、アンティークだとわかるそれらはどれもピカピカですごくいい雰囲気を醸し出している。
「あの花瓶とか壺とか壊したら大変だわ!絶対に私の貯金じゃ弁償できない」
「確かにあの花瓶は人間国宝のものだからな。まあ、その時は身体で払ってもらうよ」
一花の頭上から覗き込むようにして蓮が頷いた。
「えっ」
内心で思っていた事が口に出ていたようで、見上げると彼は笑いを堪えていた。
「独り言に参加しないで下さいって言ったのに」
一花がムッとすると、長い指に軽く頬を摘ままれた。
「声に出す方が悪い」
そのままその手が顔を引き寄せる。
「なっ……」
唇が触れあいそうな僅かな距離で彼がふっと表情を緩めた。
「言っただろ?怒った顔が魅力的だって」
一花は覚悟してぎゅっと瞳を閉じた。
「え……」
たが、唇は重ならず柔らかな感触が額に当てられた。
彼の気配が消えて恐る恐る瞳を開ける。
「期待してないって?」
「へ?」
待ち構えていたように、にやっと笑った彼の顔を見て、一花は間抜けな声を出して真っ赤になった。
「意地悪な人って言ったかしら!?」
「聞いた気がするな」
真面目な顔で言ってから、彼はぷっと吹き出して次いで声を立てて笑い出した。
一花はびっくりした。
寛いで笑う彼はなんて素敵なの!
そんな顔で笑いかけられたら、頭がまともに働かなくなっちゃう。
「さあ、部屋へ案内するよ」
彼が手を取って指を絡めた。
「あ、あのっ……」
「ん?」
『離して欲しいか?』と聞かれたら、『もちろん!』と答える自信はなかった。
「明日、お庭を見てもいいですか?」
一花は別の質問をして手の事を無視した。
「庭だけでなく、俺の書斎以外ならどこでも好きなだけ探検してかまわない」
「本当に?」
「見られて不都合な部屋はないはずだ」
「夜になると動き出す絵やどこからかピアノの音が聞こえてきたりしないの?」
「はははっ、そうだ……」
彼が急に耳元に口を寄せたので一花はビクッと反応してしまう。
「子供の頃、一度だけ誰も使っていない部屋のクローゼットを開けたら別の世界が広がっていた事があったよ」
蓮が階段を上がりながら囁くと、一花はくすぐったそうに笑った。
「ふふっ、ライオンはいました?」
「もちろん、氷の魔女もね。さあ、こっちだ」
蓮は自分の寝室の向かいの部屋へ彼女を案内した。