猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆

モデル

「ありがとうございました」

ブックを入れた重たい鞄を肩にかけると、
一花はオーディション会場となっているホテルの会議室を出た。

エレベーターでロビーに降りるとホッと肩の力が抜ける。

「こっち、こっち~」

すれ違った上品そうなおば様数人がアフタヌーンティーのケーキがどうのとか言いながら、楽しそうにレストランへ向かっていった。

平日でもこのホテルは庭園目当ての人たちで賑わいがある。

ドラマや映画の撮影にも使われるこのホテルの庭園は特に桜が有名だ。季節によって景色の変わるここの池の周辺を一度ゆっくり見てみたいと思っていた。

一花は近くにあったゴブラン織りの長椅子に腰掛けてブックを鞄から出しパラパラとめくった。

ブック(ポートフォリオ)は、モデルにとって命の次に大切なもの。

これまで自分が出たショーや雑誌、有名カメラマンに撮ってもらったイメージ写真などをファイルしたそれは、モデル一花の全てが一目でわかる一冊。

先月新しく撮り直したポートレートには満足していたが、少し大人の女性を意識し過ぎたかもしれないと不安もあった。

社長は良いんじゃないかって言ったけど、ジェニーやマネージャーの美樹さんは微妙な顔をしていた。

わかってる
もっと若々しくするべきだった

今年で28……30代が目前に迫っている。

無理せず等身大の自分でいたいと常に思ってきたけど、等身大の私はもう以前のように輝きがないのかもしれない……

ふとエレベーターホールを見ると、自分と同じような格好をした若いモデルの子が立っていた。

絶対に勝ち取るぞ!って意気込んでいる彼女の姿勢が眩しく思える自分に苦笑う。

仕事を始めてもう10年か……

この仕事をしていなかったら、私は今ごろ何をしていたんだろう?

あの家から逃げ出したくて思いきってこの世界に入ったけれど、医者になっていたのかな




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