猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
「一花ちゃん?大丈夫?」
「あ、はい。ごめんなさい。今度来るときは電話下さいね、折角来てくれたのに留守だと申し訳ないから」
「ええ、そうするわ。ねえ、一花ちゃん」
美樹さんの顔が急にお仕事モードに変わった。
「なんですか、改まって?」
「本当にタレント活動する気はない?」
「えっと……」
「今度夕日テレビさんが番組改編で、朝の新しい情報番組のアシスタントを募集してるんだけど、やって見る気はない?」
「私、テレビのお仕事はちょっと……」
「そっか」
「ごめんなさい」
美樹さんが心配してくれるのは嬉しいけれど、女優業にもタレント活動にも、どうしても意欲が湧かない。
「もしかして、仕事…辞めるつもりなの?」
「え?!私もう厳しそうですか?!」
「そうじゃないけど、一花ちゃんはこの先の人生どう考えているのかなって思って」
「この先の人生……」
「ずっと今の雑誌の専属ではいられないでしょう?
もってあと一年ってとこかしら?その先は?上の年齢層の雑誌は飽和状態なのはわかっているわよね?」
「……はい」
確かにsuiteは二十代の働く女性向け。
もってあと一年
薄々わかっていたけれど、
その言葉は一花の心に重くのしかかった。
「モデルを続けるつもりなら、結婚してその路線でいくとか?」
「まさか!」
「そうよねー。一花ちゃんに結婚されたら困るな」
「え?それはどうしてですか?」
「勿論、社長がどれだけ嘆くか想像しただけでうんざりするって言う意味よ」
「ああ、それは……」
事務所の社長、吉濱(よしはま)さんは今から10年前、勤めていた事務所から独立して今のモデル事務所を立ち上げた。
スカウトした中で一番最初に売れたのが一花だった。
一花はモデルになるにあたって両親と色々あって、結局家出のように実家から出たので、社長は自分を親代わりみたいに思っているんだと思う。
「社長は好きにさせろって言ってるけど、一花ちゃん、何も相談してくれないから本当は心配でたまらないのよ。もちろん私も心配してるんだからね」
「すみません」
「ねえ?誰かいい人がいるのなら内緒で教えて」
「そこですか?」
「だって、みんな興味あると思うわよ」
「そういう美樹さんこそどうなんです?」
「……私はもうないわ」
美樹さんが小さく呟いた。
「ん?ないって言いました?」
「ううん!!違うの、私は仕事が恋人って意味よ!」
「そんな、美樹さんモテるのに勿体ない」
『ない』って言った時の美樹さんの顔が一瞬だけ別人に見えた。
「さっ、ジェニーを迎えに行くわ。一花ちゃんはこのあと事務所で打ち合わせよ。途中まで乗っていく?」
「あ、はい。お願いします」
すぐにいつもの明るい彼女に戻ったので、もしかすると、美樹さんにも触れられたくない過去があるのかも知れないと思った。
誰にでも多かれ少なかれ秘密はある
蓮さんは本当に誰とも本気にならないのかな……
麻未の言ったことが仕事の事よりも、一花の胸に暗い影を落としていた。