猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
一花(いちか)は思わず怯んだ。
180センチを越える高い背の彼は夜を纏って、後ろ姿だけなのにびっくりするほど危険な感じがする。
馬鹿な質問はやめてさっさと中に戻るようにと、頭ではわかっているのにどうしても確かめてみたかった。
好奇心は彼女の長所であり、また短所のひとつともいえる。
一歩踏み出すとコツっとヒールがウッドデッキを鳴らし、その音で彼の肩がビクッと強張った。
彼が何をそんなに怒っているかはわかっているつもり
ー 1時間前ー
「suiteの一花だ!」
「一花ちゃん、こっちにも!」
一花は会場内に踏み出した途端に次から次へと声をかけられ写真を撮られ続けた。
「一花ちゃんは料理とか出来るのかな?」
「一花ちゃんて歌はうたえる?」
言葉の裏にあるのは、この先どうするの?という事
私への最近の周りの感心はモデルではない。
今の雑誌にあとどれ位いられるかわからないけれど、どれだけ熱心に誘われてもテレビや女優の仕事に気持ちが動かない。
迷う事すら出来ていない自分の将来
他人の引いたレールに乗るのなんてもっと無理
専属モデルとしての役割はもう十分果たと思うし、今の仕事以外は望んでいないのだから、あとは他の子に任せればいい。
「そろそろいいかな……」
もう帰ろうかと考えた矢先、聞き慣れたあの甘ったるい声が耳に入ってきた。
「こんな所まで本当にありえない」
溜息とともに大きく首を振った。
「麻未はそうは思わないんですけどぉ…」
スポンサーのご令嬢さまは今日も絶好調のようだわ。
あの社長だけでも十分迷惑な存在なのに、 支払われる気前のいい広告料に悲しいかな誰一人として逆らうことができない。
この仕事に憧れ夢を果たした人はみな並々ならぬ努力と苦労をしてきているのに、撮影見学に来た彼女はたった一言『私も読者モデルで出ちゃおうかなぁ』と甘えた声で言い難なくその座についた。
まったく、最近では読者モデルになるのだってみんな血の滲むような努力しているっていうのに。
どうしても好きになれない気持ちが態度に出てしまうのが、彼女も同じ気持ちのようでいつしか私たちは天敵同士になっていた。
あーもうやだ、やだ!
嫌っているのは私だけじゃないのに何で私にだけ敵意を向けてくるのかしら!
「もぅ麻未の話きいてますかぁ?」
あら?様子がちょっと違う?
彼女が必死に媚を売るなんて誰かしら?
興味本位で視線を向けた相手が彼だった。
彼女は何でも自分の思い通りにできると思っているお姫様なのに、彼はそうでないみたい。