猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
動き
「魅力的なお誘いでしたね」
どこからともなく現れたディークスは、この男には珍しくはっきりと口角を上げてニヤッとした。
「ああ、朝が待ちきれないな」
楽しそうに笑って書斎に向かう主の後を付いて行きながら、ディークスは笑みを更に深くした。
書斎に入ると蓮は椅子に座って考え込む。
「例のメールはどうだった?」
「確かに海外のサーバーをいくつも経由して突き止められないものですが、それ故に知識あるものの仕業だと特定できます」
「ああ。今日の行動については?」
ディークスは主が一日中会社から外出しないとわかると、部下の中でも一番信頼している光岡(みつおか)に社内を任せ、電車に乗った所から事務所に戻るまで彼女の後をつけた。
「ザ・トキオでのあなたを廻る女の乱闘はちょっとした見物でした」
「そんなことは聞いてない」
蓮はにやけそうになる唇を硬く結んだ。
「不審な影は見当たりませんでした」
「星夏に送らせたのは?」
「それについても星夏様のSPとコンタクトを取ってみましたが、おかしな動きは無かったようです」
「どう思う?」
「奇妙ですね」
「ああ、奇妙だ。本来ならば踏み出した一歩を更に進めるはずだ。今日は姿を見せるか、少なくとももっと感情を現したメールを送ってくるはずだろ?」
「はい。昨日、侵入しておきながら戦利品を持ち帰らなかったのは確かですか?」
「ああ。もしかすると彼女も気づかない何かを持っていった可能性はあるが……なあ、こいつは普通とは違う。嫌な予感が拭えない…、もっともこう言うやつらに普通なんてないがな。それから気になる事が一つ、彼女のマネージャーだが……』
さっきの一花の話をすると、ディークスの瞳が鋭くなった。
「調べてみましょう」
蓮は立ち上がると窓の外を見上げた。
「早急に頼む」
ディークスはその背中に頷いて書斎を出ようとした。
「ディークス」
「はい」
「俺よりも彼女を優先してくれ」
窓に映った蓮の顔を見たディークスは瞳を大きくする。
主は本気だ
「もちろんです。私は昨日と今日で彼女が好きになりました。すぐ後ろで順番待ちしてますので、いつでも譲って下さい」
「ふんっ、永遠に待ってろ」
蓮が振り返ると、もうディークスはそこには居なかった。