猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
翌朝。
タキは内心の喜びを隠してコーヒーを若様に注いだ。
向かいに座るお嬢さんは、ひょっとするとひょっとするかもしれない。
「新しい豆に変えたのか?」
コーヒーを一口飲んだ蓮は顔をしかめた。
「一花さまが若様にはこちらを、と」
蓮が彼女を見ると弱々しく微笑まれた。
「口に合いませんか?」
「いや、そんな事はない」
「若様、そちらのスープは」
「タキさんっ」
一花に首を振られてタキはニコニコしながら頷いた。
「ここは一花さまにお任せしますね」
そう言ってタキさんがダイニングを出ていくと、二人きりなのを意識してしまう。
正直、昨夜の事を思い出すとどんな顔で彼と向き合えばいいのかわからないから、一花は食事に集中することにした。
「昨夜はよく眠れたか?」
「はい」
それは本当に久しぶりに。
様々な感情が一気に溢れて頭がパンクしたのか、
ベッドに入ったら機能停止状態で考え事をする間もなく眠りに落ちていた。
「俺に合わせなくてもいいから。朝はもっとゆっくり寝ていたらいい」
「そんなに怠けた生活は送れません」
一花は視線を避けるようにかぶりを振った。
「何か怒って……ん?うまいなコレ」
スープを一口飲んだ蓮は更にスプーンを進めて何口か運んだ。
「お口に合ってよかった」
パッと明るくなった彼女の顔を見て、蓮は驚いた。
「まさか?君が作ったのか?」
「お料理は好きなんです。でも得意ではないから味に保証はできなくて」
「朝から俺のために?」
そう改まって言われると頬が熱くなる。
「ずっと外食が続いているってタキさんが心配していました。それに昨日は一日中会議だったんですよね?コーヒーばかり飲んでいたかと思ってデカフェにしました」
しばらく恋愛から遠ざかっていたせいで、まるで初心者のように彼の為に何かをしてあげたくなる自分に気恥ずかしさを感じる。
でも。
せっかく同じ屋根の下で暮らしているんだし。
「そのスープは実家にいた頃、忙しい両親の為に作ったら好評だったので大丈夫かなと思って」
そう、本来自分は世話焼きやだったんだと、
『家庭的なんですね』なんて脇田さんにからかわれて自覚した。
「こういうのは嫌ですか?」
恥ずかしそうに視線を上げた彼女を見て、
蓮の心が喜びに震える。
タキさんや秘書の鷹田が心配してくれるのはいつもの事で、忙しい毎日に慣れて麻痺してしまったのかも知れない。
そうでなければ彼女に気にかけてもらえることが、これほど嬉しいはずがない。
「嬉しいよ、ありがとう」
スープのお陰かサラダやパンに手を伸ばす彼を見て一花は内心でガッツポーズした。