猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆

日常に潜む影②

撮影が終わった一花は、ホテルの最上階にあるレストランのウェイティングバーでワインベースのカクテルを飲んでいた。

「何か良いことがあったんですか?」

カウンター越しに初老のバーテンダーが微笑んだ。

「え?」

「嬉しそうなお顔をしていらっしゃるので」

「やだ……」

一花はアルコールのせいでなく赤くなる頬を押さえた。

「あなたにそんな顔をさせる事ができる幸せな男性が羨ましいですな」

「そんな……からかわないでください」

私ってそんなにわかりやすいのかな?
一花はカクテルを飲み干した。

「このカクテルが美味しいからです」

「それならばもう一杯ご馳走しないと」

そういえば、今日はカメラマンさんに表情が良いってやたら誉めてもらえた。
それに、問い詰められると思っていたマッキーには帰り際にぎゅーっと抱き締められて『あんたが幸せで嬉しい』って言われて私も嬉しかった。

途中あの我が儘女の麻未とまた揉めたけど、それはいつものことだし、久しぶりに心から楽しい現場だった。

「どうぞ」

「きれいな色」

新しく出したショートグラスのカクテルについて説明しながら、バーテンダーは近づいてきた人物に笑みを深くして頷いた。

「岡島さん、俺のモデルを口説かないでくださいよ」

蓮はスツールに座る一花の肩を引き寄せるように抱いた。

「蓮さん」

驚いて立ち上がると、ふっと笑った彼に今度は腰を引き寄せられた。

「待たせたな」

慣れてきた煙草の混じった彼の香りに包まれホッとして一花は彼を見上げた。

瞳に暗さはないけれど、今朝より顔が疲れている。

「お疲れさまです」

「ああ」

一花が労う気持ちを込めて言うと、蓮は瞳を閉じて軽く息を吐いた。

その様子を見ていた岡島は、にこにこしながら琥珀色の液体が入ったグラスを蓮の前に差し出した。

「素敵なお嬢さまですね」

「余計なこと彼女に言ってないですよね?」

立ったままグラスを煽った蓮は岡島を軽く睨んだ。

「余計なこと?」

語尾の上がった一花の言葉に蓮は少しばつの悪そうな顔をした。

「君は知らなくていいことだ」

「ふうーん」

一花が岡島を見て意味ありげに頷くと、彼は笑ってうんうんと頷き返してくれた。

チッと舌打ちした蓮は一気にグラスを空けた。

「行くぞ!これ以上瞳の前で他の男といちゃつかれたらたまらない」

腕を引かれながら一花は慌てて『ごちそうさまでした』と頭を下げた。

「蓮さん?」

不機嫌なのかと思って見たら、彼は笑顔だ。


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