猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
レストランの入り口で、このホテルの支配人真島(まじま)が蓮を待っていた。
「麻生さま、お待ちしておりました」
彼は蓮に向かって深々と頭を下げた。
「無理言ってすみません、真島さん」
「いいえ。麻生様でしたらいつでも歓迎ですよ」
そう言ってから、隣にいる一花を見て真島は満面の笑顔を向けた。
「今日はありがとうございました。出来上がりが楽しみになりました」
「いえ、こちらこそ。ありがとうございました」
どう思われただろう?と、どぎまぎしながら一花は頭を下げた。
「どうぞこちらに」
真島に案内されて入ったのは、まるでスイートルームのような個室のダイニング。
「すごい素敵!」
ライトアップされた橋が港の船や建物とともにキラキラと輝いている。海のある夜景はロマンチックで、
一花は窓の外の景色に魅了された。
蓮は夜景に夢中な彼女をそのままにして、真島にオーダーをすませた。
「君は俺を喜ばせるのが上手いな」
背後から頭の上に顎が乗せられて、一花は慌てて離れようとしたが、逆に腕を回されて動けなくなった。
「喜ばせるようなこと?」
「その服、よく似合ってる」
「これを着てきたから嬉しいんですか?」
くくっと彼が喉の奥で笑った。
「違うんですね」
「元々なのか?それとも恋愛するのも五年振りなのか?」
一花は顔をしかめた。
自分でも多少は自覚していたけれど、私の反応が初心者みたいだと言いたいのね。
「どちらもそうだって言ったら?」
「喜ばせ過ぎだろ」
「今のうちだけかも知れないですよ?本当はすごーく嫌な女になれますから」
「例えば?」
「えーっと、このお店の一番高いものが食べたいって言ったり、デートの度に何か物をねだったり?」
脅すような顔で窓に映った彼を見ると、クスクス笑われた。
「俺のモデルは実はすごい強欲だったんだ」
「そうですよ、だから気を付けないと……」
「一花」
甘い呼び掛けにビクッと身体が震えると、より強く抱き締められる。
「腹が減った」
「それなら早くオーダーをしないと」
一花が腕をほどいて席に着こうとすると今度は正面から抱き止められた。
「もう済ませた」
「いつの間に?それならもうすぐ来るのでは?」
見上げた彼の瞳に色気を孕んだ欲望が見てとれて、一花はたじろいだ。
「食べたいのは君だ」
ストレートな言葉に身体がカッと熱くなる。
「君が欲しい」
「……ダメなんて言ってないです」
そうよ、昨夜だって私は止めてとは言ってない
「わかってないな」
「なにをです?」
「俺が本当に欲しいものさ」
そう言いながら、蓮は自分でも本当に欲しいものがなんなのかわからなかった。
外見ではなく中身で俺を見て、その身も差し出そうとしている彼女に、俺はこれ以上何を求めているんだ?