猫と宝石トリロジー ②エメラルドの絆
彼がふっと笑った。
「猫が好きなのか?」
「ええ、まあ」
寂しそうな言い方が気になって、蓮は優しく彼女を見つめた。
その視線に励まされて、一花はずっと胸の中に秘めていた事を口にした。
「……小さい頃から飼いたいってずっと思っていたんだけど、まだ一度も飼った事はないです」
「家族の誰かにアレルギーがあるのか?」
「アレルギーはないと思います、頼んだ事ないからわからないけど」
「どうして?」
「父も母も忙しい人だったから……」
またか。
蓮の胸の中で彼女の両親に対する苛立ちがさざ波となって広がった。
「医者の家族はそういうものなのか?」
「え?」
「子供が親に遠慮して、欲しいものを言えずに我慢するのか?」
幼い彼女のそんな姿を思うだけで胸が傷む。
子供は無邪気に要求を口にするものだ。
ダメならダメだと諭せばいい。
「ううん、そんな事ないです。これでも甘やかされていた方です。違うんです、親の仕事を見て命の尊さを自然と学んでいたんだと思います。可愛いだけで飼いたいって言ったらダメだって何となく思ってたのかな」
だとしても、自分が親だったら幼い彼女に子猫を抱えさせて、満面の笑みをさせてやりたかったと蓮は思った。
「出来た娘だな」
「そんな事なくて、残念だけど私はダメな娘で……」
両親から医者になることを強要された事はない。
自分の前に引かれていたレールに乗れなかっただけ。
「一花?」
なぜそこまで家族に対して劣等感を抱いているんだ?
問いただそうとする気配を感じたのか、彼女は俺のグラスにワインを注ぎながら話題を戻した。
「今は置物だけど、いつか本物を飼います絶対に。
蓮さんは?」
「ん?」
「何か飼っていました?」
いいだろう。
この話はいずれまただ。
蓮は一花の手からボトルを奪うと、彼女のグラスにもワインを注いだ。
「俺がというよりは、陽人が、だな」
「あっ、そうか」
「あいつはいつの間にか捨てられていた何かを連れてくる天才だった。むしろ動物の方が陽人を見つけているのではないか、と思った事もある」
陽人にはそういう力が備わっているのだろう、と蓮は思っている。言わないだけで、もしかしたら見えないものも見えているのかも知れない。
「想像できます」
「家族を上手く丸め込んで、気づくと我が家は動物園状態だったなんてこともあった」
「今は?犬や猫は見かけてないですけど」
「両親の事故後、陽人と美桜は母方の伯母の家にしばらく暮らすことになってね。その時にいた犬は二人が伯母の家へ連れて行ったんだ。それ以来、我が家に動物はいない」
そういえば、陽人はどうして犬や猫を拾ってこなくなったのだろうか?
そんな話している間にテーブルの上にはデザートとコーヒーが運ばれていた。
「食べるのか?」
デザートフォークを持った一花を蓮は面白そうな顔で見た。
「そのつもりでしたけど?」
チョコレートは好物の1つで、
中でもフォンダンショコラは大好きだ。
「それならば、今夜は激しい運動が必要だな。帰ったら喜んで協力しよう」
「協力って……」
激しい運動が何をするのか思い当たった一花は顔を赤くした。
「ばっ、馬鹿じゃないの!」
「それともここに部屋を取るか?」
「いいえ、猫の置物を取りに行きます」
「では家だな」
からかわれているのをわかって彼を見たのに、
一花の頬が更に熱くなった。
「蓮さん……」
「ん?」
「デザートやめようかな」
蓮は爆笑して自分のデザートも彼女に差し出した。