いとしのトナカイくん
そうして、1時間ほどが経った頃。

そろそろ疲れが出てきたあたしは、ぐーっと伸びをして、大きく息をついた。



「………」



すると背後から、トントンと肩を叩かれて。

振り返ってみると、トナカイがあたしを見下ろしながらも、右手でどこかを指さしていた。

その、ふかふかした指のさす方向に目を向けてみると──。



「……自販機?」



こくん。

道路を挟んだ向こう側にある、何の変哲もない自販機。

それを示しながら頷いた彼に、ある考えが浮かぶ。



「もしかして、飲み物買ってきてくれるの?」



あたしの言葉に、首を縦に振るトナカイ。

身振り手振りで、何が欲しいか訊ねてくる。

思わず笑みを浮かべて、その厚意に、あたしは素直に甘えることにした。



「えーっと、あったかいミルクティーかカフェオレがいいなぁ」



あたしのリクエストにぐっと親指をたてて、トナカイはくるりと背中を向ける。

ぽてぽてという効果音が聞こえてきそうな、そんな後ろ姿を見ながら、あたしはふと思い立った。



「(あの着ぐるみのままじゃ、飲み物買いにくいよねぇ? ……ってことは上半身だけでも、着ぐるみ脱がないかな?)」



そんな勝手な期待でワクワクしつつ、その姿をしっかりこの目に収めようと、じーっと視線を送る。



「……ねぇ、おねーさん」



──だからあたしは、すぐに気付かなかったのだ。

自分へと向けられている、不躾な視線たちに。
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