いとしのトナカイくん
「……ふぅ」



ルーム料金割引券が入ったポケットティッシュをつめたカゴを片手に、ひとつため息をつく。

道路を挟んで向こう側、少し離れたところに見えるカラオケの看板を、ひとにらみ。

……まあ、文句ばっか言ってても、仕方ない。これを配り終わるか店長のお許しがないと、あのあたたかい室内には戻れないんだから。

それならとっとと配り終えてさっさと店の中に戻るのが、1番の得策だ。

この、120デニールのあったか素材タイツ+毛糸のパンツという装備をも凌駕する寒さの中で、何時間も立ってるなんて自殺行為だっての。


あたしは両手を腰にあて、くるりと、トナカイの方を見る。



「ねぇちょっと、トナカイ」



この呼びかけに、トナカイはやはり無言で、顔をこちらに向けてきた。

……なんかしゃべれよ。ていうか若干こわいよ。

あたしの身長が155㎝だから、この感じだと間違いなく、トナカイの中の人物は身長180㎝以上のはずだ。

上から見下ろされる威圧感にたじろぎながらも、あたしはトナカイの口あたり(きっとこのへんから見えてるんでしょ)に目を向ける。



「あなた、誰? 名前は?」



こういった雑用をやるバイトメンバーの中で、あたしは結構な古株だ。

つまりこの目の前の人物も、年齢はどうあれ後輩なのだろうと考えて、あたしはタメ語で問い掛けた。


だけども彼(?)はやっぱり言葉を発さず、何か考えるような素振りを見せてから。

おもむろに、手にしていた看板をすぐ横の街路樹に立て掛けた。
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