甘い恋の始め方
「家族サービス中ですね」

『悪いけど会社に行けるか? 私の机の一番上の引き出しにUSBがある。そこに北田商店さんのファイルがあるから』

会社に行けるかと聞きつつも、行くのが当たり前に話されて内心ムッとする。

『遅くとも13時までに仕上げてほしいんだ。じゃ、よろしくー』

「あ! ちょっと、課長っ!」

通話が切れたスマホを見つめ、唖然となっているところへ悠也が戻ってきた。

「会社のトラブルですか?」

「あ! そうなんです。課長が今地方に出かけていて――あの、ごめんなさい。お見送りが出来なくなりました」

理子はスマホを手元のバッグにしまうと、立ち上がり頭を下げる。

「仕事ではしょうがないですね」

仕事の内容を聞かれないうちに、そそくさと玄関へ向かいながら謝る。

玄関でパンプスを履き、悠也へ振り返る。その表情はしゅんと悲しげだ。

「本当にごめんなさい」

「また来週会えますから。気をつけて」

「はい……悠也さんも」

別れの挨拶を済ませた理子はドアを開けて出た。


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