甘い恋の始め方
部屋にいる理子を見たときの驚いた顔とは違う、冷たい瞳に見える。

脱兎のごとくこの部屋から……悠也から逃げ出したい。いや、理子はこの場で気を失ってしまいたかった。

実際、血の気が引き、目の前がチカチカして眩暈を起こし、貧血のような症状に襲われていた。

(これではいけない……今は仕事中)

理子は大きく息を吸ってからイスから立ち上がり口を開いた。

「こ、小石川理子です……WEBデザイン2課に所属しています」

「久我です。では、今回の先方の意向を話したいと思います」

やはりうっとりするくらいの素敵な声で悠也は名前を名乗ったあと、相手企業の話を始めた。

(なんてことなの……こんな形で知られたくなかった……)

「はい。小石川さん」

落ちたファイルを設楽が拾ってくれていたようで、理子の前のテーブルに置く。

「あ、ありがとうございます」

会議の邪魔にならないように小声で礼を言う。

ファイルを開きページをめくる手はまだ震えていた。

勇気を出して視線を悠也に向けるが、彼は理子のことなど眼中にないように話している。

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