甘い恋の始め方
リビングを出て行く後姿に、理子はふと思い出した。

それは先週、ピザ屋で飲みすぎて酔っぱらい、ひとりベッドで目が覚めたときのこと。リビングで悠也は誰かと電話中だった。

『今度戻ってくるのは来週末になると思う。必ず行くから。大切な――さんのためだからね』

悠也の言葉をうろ覚えながら思い出す。

(来週末って言っていたのは今日のこと? 大切な人は恋人ではなくて、康子さんのことだったの?)

「悠也さん、私……誤解していたみたいです」

「誤解? なにを?」

「先週悠也さんの家に泊まった夜、リビングで電話の会話を聞いてしまったんです。大切な……名前は聞こえなくて、悠也さんに大切な方がいるのかと……」

「ああ……あの時の。俺の大切な人は康子さんだよ」

その答えに、理子の胸はツキンと針が刺されたように痛んだ。

(大切な人は康子さん……私はまだ久我副社長の大切な人になれていない……)

瞳を曇らせた理子は顔を見られたくなくて俯いた。

そこへ康子が戻ってきた。

「中座してごめんなさいね。年だから書類のサインをし忘れていたの。さあ、お昼にしましょう」

「はいっ」

理子は沈む気持ちを見せないように笑顔を康子に向けた。


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