甘い恋の始め方
「その部屋の住人の婚約者です。返事がないんですか? 50分前までは自宅にいると電話で言っていたのですが」

「鍵はお持ちですか?」

「いいえ……」

「念のため、管理人に鍵を持ってきてもらっていましょう」

悠也は部屋の中で強盗に刺されて倒れている理子の姿が脳裏に浮かび、真冬なのに額から汗が落ちてきた。

背筋に寒気が走り、じっとしていられず警察官の横をすり抜け乱暴に玄関を叩く。

「理子! 理子!」

(なぜ出ない? さっきまで部屋にいたのに)

極度の不安に焦る悠也。

そのとき。

「悠也さん……?」

悠也の背後から驚くような理子の声がした。同時に理子の両手から荷物が離れ落ちる。

振り返った悠也は理子の姿を見て、大きく息を吐きだした。その安堵と言ったら、生まれて初めて感じるものかもしれない。

悠也は理子を強く抱きしめた。

「よかった……」

「悠也さん……なにがあったんですか?」

抱きしめられながらも、周りにいる野次馬や警察官に戸惑う瞳を向ける。

「君の隣の部屋に強盗が入ったんだ。腕を切りつけられたらしい。だから君の部屋も入られ、なにかあったんじゃないかと。電話では部屋にいると言っただろう?」

「あ……電話のあとお買い物に出たんです」

荷物を落としてしまったのを思い出し、ハッと下を見る。コンビニの袋からフライドチキンの袋が飛び出て、ひとりで食べるために買ってきたホールのクリスマスケーキの箱はひっくり返っていた。


< 249 / 257 >

この作品をシェア

pagetop