ウェディング・チャイム
「……」
甲賀先生は、考え込んでしまった。この重苦しい沈黙は、かつて空気扱いされていた私にとって、かなり痛い。
無理やり笑顔を作って、おどけて伝えてみる。
「だから、勉強する時間はたっぷりあったんですよ。早くこの町から抜け出そうと思って、ちょっと離れた市内の高校へ進学しました。誰も私の過去を知りませんから、普通に過ごすことができたんです。でもって、私みたいな子どもを減らしたいなって……」
当時の担任の先生は、家族という極めてプライベートな問題にどう介入していいのかわからなかったはず。陰口と無視、という表面上はわかりにくいいじめを受けていたから、当たらず障らずを徹底していたんだろうと、今なら推察できる。
でも、辛かった。誰かに助けて欲しかった。修学旅行の班を決める日、はじめてずる休みをした。次の日には班が決まっていたけれど、じゃんけんで負けた班がしぶしぶ入れてくれたと知って、トイレで泣いた。
あれからもう、十年以上経つというのに、今でも思い出すだけで視界がぼやけてしまう。
「あれれ、おっかしいな~、もう吹っ切れたつもりだったんですよ……」
泣き笑いする私の髪を、今度はくしゃくしゃと撫でられた。
「いいから、無理するなって」
「だって、聞きたがったのは甲賀先生ですよ? そんな風に慰めるのなんて、ずるいじゃないですか」
むくれる私の顔を見て、今度は真剣な表情で甲賀先生が語ってくれたのは……。
「辛かったな。自分のせいじゃないことで責められて、ずっと苦しんでいたんだろ。俺、よく教え子にこう伝えるんだ。
『万人に好かれる人間は、単なる八方美人。悪い奴からは嫌われる人間になりなさい』ってね。ヘタレで長い物には巻かれよ的なクラスメイトよりずっと、君は強かったんだ」
悪い奴から嫌われる人間になる……誰からも好かれることがいい人の条件だと思っていた私にとって、目から鱗が落ちた代わりに涙が止まった。そっか、無理して万人受けを目指さなくてもいいんだ、と思ったら、気持ちがすーっと楽になった。
そっと胸を撫で下ろした私を見て、甲賀先生は悪戯っぽく笑って言った。
「だから、君は何も悪くないんだ。……ただひとつを除いて」