ウェディング・チャイム
「お弁当、ですか……。それで?」
私が続きを促すと自嘲気味にこう答えてくれた。
「うちの大学、綺麗な桜が咲くことで有名なんだ。で、弁当広げられて……陥落したっていうか、まともな飯食ってなかったから一気に惹きつけられた感じかな」
その様子はすぐに想像できる。満開の桜と可憐な女子大生。敷物の上には豪華なお弁当が並んで、気配り上手な彼女がお料理を取り分けてくれている。栄養満点で美味しいお弁当を食べながら会話も弾んで……。
お弁当だけじゃなく、彼女自身に惹きつけられたはず。
「まあ、そんな訳で付き合うようになったけど、彼女は就活、俺は採用試験で忙しくてさ。それが終わってからもお互いに論文書かなきゃならないから、会える時間は限られてたんだ」
「……でしょうね」
相槌を打つと、甲賀先生は小さくため息をついた。
「当時は、たまに家へ来て飯作ってくれる彼女の存在がホント有難いって思ってたよ。彼女は東京で就職したけれど、いずれ北海道に行くから結婚しようって言ってくれた」
え? それってつまり……。
「彼女からプロポーズされたんですか?」
付き合いはじめたきっかけといい、何というか……家庭的だけど押しの強い人、だったのかな?
「そういう事。初任給もまだだっていうのに、俺から結婚の約束なんてできないよな? 一人前になってからちゃんと言いたかったんだけど、まあ、いいか……なんて。離れていたら寂しくて不安だから、せめて結婚の約束だけでもって言われたら、それもアリかなって思えた」
これも容易に想像できる。すぐには会えない距離だから、不安になる彼女の気持ちも、初任者研修も終わらないまま結婚なんてできないって考える甲賀先生の立場も。