ウェディング・チャイム
「それでさ、二人で結婚資金を貯めようって話になった。結婚後も金の管理は彼女に任せるつもりで、毎月せっせと振り込んでいたんだ。もちろんボーナスも。やっと結婚資金が貯まったと思ったら……急に彼女が別れたいって言い出した」
お金が貯まった途端に別れを切り出された、ということは。
……なるほど、そういう人だったのね。
「そ、それでどうしたんですか?」
「ん~、そりゃあもちろん、なぜ別れたいのか理由を聞いたよ。そしたら、寂しすぎるからって答えられた。今までも十分寂しかったけれど、北海道へ行っても自分には誰も知り合いがいない一方で、俺には実家があって友達もいるだろうって。そんなの不公平だっていきなり言われた」
……そういう相手を選んで、逆プロポーズした本人が今更何を言っているのかよくわかりませんが。
何だか、怒りが込み上げてきた。でも『元』とはいえ、彼女を悪く言われるのは嫌だろうから、何も言わずに頷くのみにとどめておこう。
「住めば都って言うし、そのうち慣れてこっちに友達もできるよって言ったら、小樽なんて運河しかないでしょうって返されたんだ。さすがにムッとしたね。故郷を大事にして何が悪い? 俺は故郷を大事にする子ども達を育てるために教員になった訳。それを全否定されたらもう、ダメだなって思ったよ」
いつもの軽い口調の中に、隠しきれない怒りがにじみ出ている。怒る気持ちもよくわかる。私が甲賀先生だったとしても、仮に自分の故郷である十勝を『じゃがいも畑しかない』なんて言われたらムッとする。そう、道民は何だかんだ言いつつ地元愛がとても強い。
「それ、小樽市民にとっては禁句ですよね……」
こういう彼女と付き合っちゃった過去は、黒歴史かも……。
「そういう事。俺って都合のいい男だったんだろうな。結局、結婚資金は持ち逃げされた。ポジティブな俺もどん底まで堕ちたね。やっと笑って話せるようになったけど、当時はさすがにショックで、もう三次元の女はこりごりだって思ったよ」
「……まさかそれで二次元の彼女にハマっちゃったんですか?」
「本気にするなよ! ……でも、確かに失恋を癒してくれたのは新しい恋愛、だな」