ウェディング・チャイム
……こうして、二人で児童会室に広げたバック絵に色塗りをしているのだけれど。
「藤田ちゃん、最近調子はどうだ?」
「ええと、体調は悪くないですよ」
「嘘つけ。目の下にクマができてたぞ」
ぎくっとして思わず手を顔につけてしまったら、絵の具も一緒に顔についてしまったらしい。
よりによって、赤!
目の下から頬にかけて汚れていることが予想された。普通の水彩絵の具より落ちにくい絵の具だから、早く洗い流す方がいいに決まっている。
幸い、口と手を両方きちんと動かしながら作業している甲賀先生には見られていないようだ。
「すいません、ちょっとお手洗いに行ってきますね」
「いってらっしゃい」
目線は手元のバック絵にくぎ付けの甲賀先生に気づかれないまま、児童会室を抜け出すことに成功した。
とりあえず近くの児童用女子トイレへ。
手洗い場の半分は、お湯の出る蛇口になっているので、そこを使って洗い流そうと考えた。手洗い用レモン石鹸で顔を洗うとなれば、かなりつっぱりそうだけれど、この際何でもいい。
顔の半分を濡らしてから、泡立てた石鹸を赤い絵の具のついた頬につけた。優しくゆっくりとこすると、泡の色が次第にピンク色へと変わる。
よし、このまま丁寧に洗えば、きっと綺麗に落とせるはず……と指先でくるくるマッサージしていたら、誰かが三階まで上ってきた。
放課後の三階はめったに人が通らない。三階に教室を持つ五・六年担任と、巡回する教頭先生くらいだろうか。珍しいなと思い、こっそり足音の主を見てみると、そこには校長先生がいた。
校長先生は、足早に六年一組の教室を覗き、誰もいないと知ると、私の教室を覗いた。そこにももちろん誰もいないので、ちょっときょろきょろしてから、私の教室のさらに奥……児童会室を見た。そして、ノックする。
「甲賀先生、ちょっとお話ししてもいいですか?」
「はい。二人で、でしょうか? もうすぐ藤田先生が戻ってきますけれど……」
「では、校長室で話しましょう」
校長先生と甲賀先生は、私に聞かれたくない話をするつもりのようだった。