ウェディング・チャイム

 ……三十分後、甲賀先生が児童会室へ戻ってきた。


「ただいま~。おっ! 進んでるな」

「おかえりなさい。こんな時くらいしか役に立たないですからね~」

「そうか? 絵心のない俺からすると、ホント羨ましい特技だけどな」


 そんなお世辞を言いつつ、甲賀先生も刷毛と絵の具の入った皿を手に、私の向かい側へ座った。

 絵の具を混ぜて「ここを塗ればいいか?」と私に確認しながら、甲賀先生も作業を開始する。

 今まで校長室で何を話していたのか気になるけれど、こちらからは聞けないし……と、密かに悶々としている私の気持ちを察してか、少しの沈黙の後、甲賀先生が口を開いた。


「校長先生と、人事の話をしてきたよ」

「そう、だったんですか……」

「俺、そろそろ出なきゃならないから。で、今後どうするのかって、かなり私生活にまで突っ込んで聞かれた。将来設計と異動の話はセットだとか言って、ガンガンいこうぜってカンジでさ」

「フレンドリーな方ですから、容赦なく突っ込まれるのも仕方ないかと……」

「俺としては自分のペースで働きたいんだけどな。子ども達と触れあって、好きな研究も続けていけたらいいな~、なんてね」


 なるほど、常に児童のことを最優先に考える甲賀先生だけのことはある、と密かに感心した。 
 
 こっそり甲賀先生を見ながら絵の具を混ぜるふりをしていたら、甲賀先生が突然こちらに視線を移して、私の顔をちらりと見た。

 いつもの軽口だけど、眉間に皺が寄っていて、真剣に悩んでいることがうかがえる。

 何と言葉をかけたらいいのだろう。甲賀先生の将来について、私が余計な口出しをする訳にはいかないし……。

 悩んでいたら、甲賀先生がふふっと笑って頷いた。

 
「報告終わり。仕事に集中するぞ」


 そう言って、甲賀先生はコンクリートの壁を塗り始めた。

 ……まただ。私の相談相手にはなってくれるのに、甲賀先生から相談されることはほとんどない。

 私に相談しても解決はできないだろうけれど、一緒に悩むことくらいならできるのに……。

 寂しく思いながら、私はひたすら炎を描いた。今ならリアルな炎がいくらでも描けそうだと思った。



< 123 / 189 >

この作品をシェア

pagetop