ウェディング・チャイム

 家に帰ってから、キーボードで必死に練習した。

 最近寝不足なのは、いつもの仕事の他に学習発表会の準備と、ピアノ伴奏の練習をしていたせいだったりする。

 こうやって、ヘッドフォンから流れる自分のピアノ伴奏だけに集中していたら、それほど間違えずに弾ける。

 なのに、子ども達が歌う場面では「絶対に間違えられない」というプレッシャーのせいか、必ずと言っていいほど演奏が止まってしまうのは、やっぱり練習が足りないせい。


 もう一度、最初から弾こう。楽譜のページを戻していた時、かすかにバイブの音が聞こえた。


 慌ててヘッドフォンを外して、スマホを見たら、甲賀先生からの着信だった!


「もしもしっ!」

『こんばんは。甲賀です。今、大丈夫?』

「大丈夫ですっ!」

『忙しいみたいだったからさ。でも、今伝えないと、また藤田ちゃんの目の下のクマ、巨大化するかなと思って』

「え?」

『ミュージカルの伴奏、練習してるんだろ? 明日から少し楽にしてやる。心配しないで今日は早く寝ろよ。じゃあ、おやすみ』

「あ、おやすみなさい」


 通話が終わってからも、着信履歴の点滅が残っていたことに今気づく。

 三回、甲賀先生からの着信があった。

 
 心配しなくていいって、どういうことだろう。もう練習の必要はないっていうことかな?

 私があまりにも下手くそだから、がっかりしちゃったんだろうか……。

 
 目の下のクマを指摘されたのは、これで二回目だ。

 そんなに目立つかな。

 寝不足なのは事実だし、ここは甲賀先生の言葉に従おうと思った。

 たとえ失望されていたとしても、それが私の実力なんだから仕方がない。

「できない自分」を直視するのはきついけれど、明日甲賀先生にもちゃんと謝ろう。

 巨大化したクマを落ち着かせるために、忙しくてほったらかしだったお肌の手入れもちゃんとした。

 
 
< 125 / 189 >

この作品をシェア

pagetop