ウェディング・チャイム
たっぷり寝たせいか、翌朝は久しぶりにすっきりと目覚めた。
出勤時間より二時間も早く自然に起きてしまったので、家を出たのも早くなった。
職員駐車場へ行くと、教頭先生の車と公務補さんの車の横に、甲賀先生のプラドがあった。
いつも割とギリギリに出勤している甲賀先生が、こんなに早く来るなんて珍しい。
もしかして、弾けない私に代わって伴奏の練習をしている、なんてことはないよね!?
急いで職員玄関のドアを開けて、校舎内へ入った。
「おはようございます」
職員室のドアを開け、一番奥の方にある『高学年』と書かれた机の島を見る。
……甲賀先生は、いなかった。
書類の落盤事故に注意しながら私の机に荷物を置き、今の甲賀先生が行きそうな場所……音楽室へと向かった。
音楽室へと続く階段を上ると、かすかにミュージカルの伴奏が聴こえてきた。
二階から三階へ。音楽室が近づくにつれ、大きくなる伴奏に複雑な思いを抱く。
私が毎日練習したにも関わらず、上手に弾けなかった曲。
でも、今、耳に届くそのメロディは、ミスタッチなしの安定した演奏だった。
ただ、生のピアノの音とは違う。少なくとも、音楽室のピアノの音ではないのは確か。
模範演奏のCDとも違い、時間の都合で削除した部分も自然なフレーズとなって繋がっていた。
……この音源、甲賀先生はどうやって手に入れたんだろう!?
三階の端にある音楽室へやっとたどり着いた私は、ドアの前でしばし考え込んだ。
演奏の途中で入室すべきではないと考え、一曲終わるのを待つ事にした。
静かにフェイドアウトしたところで、やはり生演奏ではないと確信しつつ、ドアに手をかけてそっと開けた。
朝日が眩しい音楽室で、グランドピアノの椅子に座ってオーディオのリモコンを操作している甲賀先生の姿が見えた。
一瞬、驚いたような顔で私を見てから、優しく微笑んで声をかけてくれた。
「おはよう。たっぷり寝られたか?」