ウェディング・チャイム
「おはようございます。お陰様で寝不足を解消できました。ほら、クマもなくなりましたよ!」
そう言いながらグランドピアノへ近づくと、甲賀先生が「どれどれ」と言いながら私の顔を見た。
あまりじっくり見られるのは恥ずかしいけれど、ちゃんとクマを消滅させたところを見せなくちゃ、と思ってさらに近づく。片手を伸ばすと届くくらいの距離。
朝の眩しい光に少し目を細めた甲賀先生の顔も、よく見えた。
そして、気づいてしまった。甲賀先生の顔色がいつもと違うことに。これはもしや……。
「お、ホントに消えた。良かった良かった」
「……私のクマ、甲賀先生のところへお引越ししたみたいですね」
「うまいこと言うな。そうそう、俺が藤田ちゃんのクマを引き取ってやったんだ。大切に育てるよ」
甲賀先生は自分の髪の毛をくしゃっとかき上げて、それから大きく伸びをした。
「これ以上育てないで寝て下さいよ! 倒れたらどうするんですか」
「ははは。大丈夫。それより、これ、聴いて欲しいんだけど」
目の下のクマの話をかわすように、甲賀先生はオーディオのリモコンを操作した。
教室の後方、二か所に設置されたBOSEのスピーカーから聴こえてきたのは、ミュージカルのオープニングテーマだった。
範唱CDやサントラ版とは違う、打ち込み系の音?
「これ、どうしたんですか?」
「よくぞ聞いてくれました。俺が作ったよ。おとといの夜から作り始めて、やっと2時間前に完成した」
「甲賀先生が!?」