ウェディング・チャイム
「そう。俺が君と同じ名前のアーティストにハマったのは、卒業式の歌のハモリパートを歌わせたかったのがきっかけ。学校にあったDTM(デスクトップミュージック)のソフトだと歌わせることまではできないから。だって、俺が歌って吹き込むとか、あり得ないだろ?」
「私は聴いてみたいですよ。きっと甲賀先生ならいい歌い手さんになれると思うんですけれど」
いつも校歌や歌唱教材を歌っているのをそれとなくチェックしているけれど、上手いということは知っていた。
多分、カラオケだって上手だと思う。一緒に行ったことはないから、今度聴いてみたいな、なんて。
そんなことを思っていたら、甲賀先生が首を横に振った。
「絶対に嫌だ。自分の歌声を残すなんて恥ずかしすぎる。それなら『彼女』を使いこなして熱狂的なファンだと勘違いされる方がいい」
甲賀先生は椅子の背もたれに寄りかかり、音楽のボリュームを上げた。
ん? 今、自ら熱狂的なファン説を否定したけれど、確か修学旅行の夜の話とは違うような。
だって、会えない時はどうしているのか気になっちゃうくらい、気になる相手なんでしょう?
二次元の相手に夢中だということを、深夜テンションで暴露したはいいけれど、さすがに恥ずかしくなったんだろうか。
「熱狂的なファンであることを後から否定してみたり、自分の歌声を残したくなかったり、甲賀先生って意外と照れ屋さんですか?」
つい、頭に浮かんだ素朴な疑問を口に出してしまった。
すると甲賀先生は私の顔をじいっと見てから、大きなため息をついて呟いた。
「照れる? ……いや、今は疲れてる。十五分寝るから起こしてくれると有難い」
グランドピアノの椅子にもたれかかって、目を瞑ってしまった。
本当に疲れているらしいので、それから私は十五分間、黙って甲賀先生が作り上げたCDを聴いていた。
DTMの知識はないけれど、七曲もの編集作業はきっと大変だっただろうなって思う。
私が弾けないばかりに、結局甲賀先生に無理をさせてしまった。
どうやって埋め合わせしようかと考えつつ、そっと甲賀先生に声をかけた。
「おはようございます。もうすぐ職員朝会ですよ!」