ウェディング・チャイム
運転席の後ろに掲示されている運転手さんの顔写真と名前をじっくり見る。
珍しい苗字だけれどすぐに読めたのは一年二組に同じ苗字の児童がいたから。しかも、その児童と運転手さんはそっくり……これは身内に間違いない。
甲賀先生はあれだけ酔って寝ぼけていながら、運転手さんの顔と名前をしっかりチェックしているとは。
……私は全く気が付かないまま、うっかり「甲賀先生」と言ってしまった。つまり、運転手さんには私達の素性がバレている可能性が高い。
いつも言われていたのに。
「先生って呼ぶな」っていうのは、こういう場合を想定してのことだったんだ。
『子どもが通っている学校の先生』が、泥酔していた、などということを喧伝されてはたまらない。
眠たくても、酔っぱらっていても、そこはまだ一応「聖職者」なんて言われている手前、みっともない姿を晒すのは許されないから。
そこからはしっかり覚醒したらしい甲賀先生が運転手さんに道順を伝え、すぐに目的地へ到着した。
シルバーメタリックのすっきりとした外観が目を引く、まだ新しいアパートだった。甲賀先生の愛車が停まっているのも見える。
「ありがとうございます。ここでいいです」
甲賀先生がそう言い、タクシーが停まった。
ドアが開く前、さりげなく私に「これ、払っておいて」と、私の家に着いても十分間に合うだけのお金を置いて。
「多すぎますよ!」
「幹事、頑張ってくれたから。お疲れ様でした」
「えっ!? あ、お疲れ様でした」
あっという間に降りてしまい、すぐにアパートの方へ行ってしまった。
私は甲賀先生の大きな背中をただ黙って見送るだけ。
タクシーのドアが閉まり、運転手さんから「次はどこへ向かえばいいですか?」と聞かれてはっと我にかえる。
座っている位置を少し中央寄りにして、自宅の住所を言おうとした時、手に固いものが当たった。
甲賀先生のスマホ!
さっき私に見せてくれたあと、座席に置いたままにしていたんだ!!
「すみません、上司が携帯を忘れて行ったので、届けてきます。そのまま待っていてください!」
「あ、はい! ドア開けますね」
既にアパートのエントランスへ入ってしまった甲賀先生を追いかけて、私は走った。