ウェディング・チャイム

「お邪魔します。今日は一日、付き合ってくれる約束だろ?」

 玄関で靴を脱ぎながら、甲賀先生がにっこりと笑っている。

「そうですけど……多分今日の私は使い物になりませんよ?」

 私がそう答えると、ちょっとだけ眉間に皺を寄せてこう言い放った。

「病人はおとなしく寝てればいい。とにかくゆっくり休むこと」

「だって、何のおもてなしもできないのに、ここに居てもらう理由がありません」

「理由? そんなの決まってるだろ。このままぶっ倒れられたら、明日からの業務に差し支える」


 今日の振替休日が終わったら、明日からまた平常通りの仕事に戻らなくてはならない。

 ここで私が数日休んでしまったら、その分甲賀先生をはじめ、同僚の先生方に迷惑をかけてしまう。

 もちろん、子ども達のことを考えても、担任はできるだけ休まない方がいい。


「すみません……大丈夫です。ちゃんと明日は学校へ行けますから。だから、甲賀先生も家に帰って休んでください」

「頑固だよなー、全く。一人暮らし歴十六年の俺が、ちゃんと昼飯と晩飯作るから、黙って寝てろ。おもてなしは今度ゆっくりしてもらうからさ」


 半ば無理やり私を寝室へ押し込んで、甲賀先生は「勝手に使わせてもらうぞー」なんて言いながら、キッチンの扉をばたばたと開け閉めしている。多分、お鍋を探して、お米や調味料の場所をチェックしているのだろう。

 私はその音を聞きながら、のろのろとお気に入りのパジャマに着替える。

 そう言えば、一人暮らしをしてから、男の人を家に呼ぶのは初めてだ。

 意識しはじめると同時に、熱がまた上がったような気がした。


 いやいや、甲賀先生はそんなこと気にしてなさそうだったじゃないの。

 ここに来たのだって、パートナーの私が倒れたら仕事に差し支えるからだって言ってたし。
 
 
 ベッドへ入ってまた熱を測ってみたら、三十九度五分まで上がっていた。

 今は考えることを放棄して眠ってしまおう、そうしよう。

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