ウェディング・チャイム
夢を見ていた。
小さい頃の自分の夢。
リビングで言い争っている父と母からできるだけ離れたくて、奥の和室にある押し入れへもぐりこんでいる私。
押し入れの中には、お客様用の布団と座布団、それにアルバムが数冊。
懐中電灯を持ち込んで、そのアルバムを眺めながら、嵐が過ぎ去るのを待つ。
一番分厚く立派なアルバムには、紋付き袴姿の父と、白無垢を着た母。
幸せそうに微笑む二人と、沢山の参列者。
写真のような笑顔に戻ってもらうにはどうしたらいいのだろう。
耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言の数々。
「美紅がいなかったら、とっくに別れてた」と叫ぶ母。
「俺だって美紅のために我慢してるんだ」と応じる父。
二人ともことあるごとに「美紅のため」に耐えていると言っていた。
私がいなければ、二人はそれぞれの幸せを求めることができるのだろうか。
耳を塞いでも聞こえてしまう両親の怒鳴り声が怖くて、泣きながら鼻歌を歌った。
……結婚行進曲を。
おでこにひんやりとした何かが当たり、その後、目頭と頬にも冷たい感触があった。
目を覚ますと、濡れたタオルを手に持った甲賀先生が心配そうに私を見つめていた。
「……おはよう。お粥ができたから食べるといい」
「おはようございます……では、お言葉に甘えて」
起き上ってリビングへ向かうと、カウンターテーブルにお粥があった。
「ちゃんと米から炊いたから、美味いぞ。普段料理はあまりしないけど、お粥は自信があるんだ」
お粥の他にもお水と梅干が用意されている。その気遣いが嬉しくて、また涙目になってしまう。
「そんなに具合悪いのか!? ベッドで食べた方が良かったかも知れないな……」
勘違いして慌てる甲賀先生を見て、すぐに首を横に振った。
「違います! 嬉しくて……。私、嫌な夢を見ちゃって、すっごく気弱になってて。優しくされたから……」
ああ、言ってることが支離滅裂だ。更に泣けてくる。
「だからさっき、寝ながら泣いてたのか?」
やっぱり、泣いてたんだ、私。素直に頷いた。
「気弱な時の特効薬って知ってる?」
「……?」
「こうすると安心して落ち着くことができるっていう方法がある。試してみよう」
そう言うと、甲賀先生が私に近寄ってきた。
まさか、落ち着く方法って……。