ウェディング・チャイム

 翌日。目を充血させた甲賀先生がぎりぎりの時間に出勤してきた。

「おはようございます。目、どうしたんですか?」

「あー、指導案作ってて、気が付いたらコンタクト入れたまま突っ伏して寝てた」

「それは大変! 目に悪すぎますよ」

「でも、やっと出来上がった。今日、指導案検討が終わったら寝る。全力で寝る!」


 甲賀先生、相当無理して仕事してるんだなーと思いつつ、それでも穴をあけずに取り組んでいるところはさすがだなと思った。


 指導案検討というのは、研究授業でどのような指導をして、児童がこんな風に反応するだろうという予想をもとに、きめ細かく作られた指導案を教員みんなで検討すること。学校全体で取り組んで、さらに良い授業にするための会議だ。

 甲賀先生が作った指導案は10ページに及び、児童観、教材観、指導計画、本時案、評価など、とにかくきめ細かくてびっくりした。

 机上に配られたそれを目にして、みんな「細かい」「よくこんなに書いたね」などと感想を漏らしている。


「すごい……全国大会で見るような指導案、ですね」

「ははは。褒めても今は何も出てこないぞ。まーそれでも指導主事からさんざん叩かれるんだろうけどさ」

 いやいや、これだけの指導案、主事だって相当頑張らなきゃ書けないでしょ、と心の中で思った。

 主事は1週間前にこの指導案を手に入れ、かなり調べ上げて万全の態勢で学校を訪問し、多方面に渡って『指導』してくれる有り難いお役人だ。

 つくづく私が授業者にならなくてよかった。いや、私のような若輩者はまだそんなレベルではないのですが。



 指導案検討はスムーズに終わった。ほとんどツッコみどころのない指導案だったから。

 あとは授業自体がうまくいくことを願うだけ。

 甲賀先生ならきっと大丈夫。子ども達もみんな懐いている。

 
 心配なのは、うちのクラスの方だ。

 

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