ウェディング・チャイム
電話で変なことを言われてしまったので、職員室で最初に会った時は少し照れつつ挨拶したのだけれど、甲賀先生は普段と全く変わらない様子だった。
どうやら私の自意識過剰、らしい。
電話の件は頭の片隅に追いやって、今日も元気に教室へ!
「おはようございます!」
登校してくる児童一人ひとりに言葉かけをして、教室の様子を眺めてみる。
相変わらず、舞花ちゃんと奈々ちゃん・紗絵ちゃんと里香ちゃん、という二人ずつの組み合わせで何やら話しているようだった。
修学旅行の夜、一応なだめてはみたけれど、ぎくしゃくした関係は変わらず、そのうちSNSで悪口……ということになっているらしいけれど、証拠がないから手の打ちようがない。
今日のスマホ安全教室で、少し考え直してくれるといいな……。
四時間目が終わり、給食の準備が始まる、という頃。
教室から一旦離れ、トイレと手洗いを済ませてまた戻ってみると、教室内が大騒ぎになっていた。
たったの五分程度の間に、何があったの!?
「もう、このクラス嫌だ! 里香、学級委員辞める!」
揉めごとの中心にいたのは、里香ちゃんと舞花ちゃんだった。
「何勝手なこと言ってんの? 自分でやるって決めたんなら、最後までやりなさいよ!」
舞花ちゃんがすごい目つきで睨んで、里香ちゃんを煽っている。
「勝手なこと言ってんのはどっちよ!? 舞花が奈々とどんだけひどい悪口言ってるのか、ここでみんなにバラしてあげようか?」
「は? 言ってないし。だいたい里香なんて相手にしてないから」
ああもうダメだ。子ども達が集まっているところを割って、中に入った。
「ストップ! まずは二人とも離れよう。パーソナル・スペースのこと、覚えてるよね」
私は二人の間に体を入れ、両手を伸ばして離れるように指示した。
にらみ合いながらも、素直に距離をとる二人。これでケガは避けられた。
あとちょっと遅かったら、顔に引っかき傷を作って問題になっていたかも知れないと思うと、心臓がバクバクする。
以前、道徳で指導した『パーソナル・スペース』とは、人が近づきすぎて不快にならない距離をいう。
この二人は今にも取っ組み合いが始まりそうな近さだった。
そばで見ていた子ども達の輪も、少し広がった。
「今は給食準備が優先ね。当番さんはもう仕事に戻って。まずは舞花ちゃん、ちょっと話を聞かせて。食べ終わったら里香ちゃんからも聞くよ」