ウェディング・チャイム
「では、お先に失礼します。また来週~」
「お疲れ様でした」
「お疲れ~」
繁華街の近くに住んでいる渋谷先生が先に降りたタクシーで、甲賀先生と私が後部座席に残された。
そうすると嫌でも思い出してしまう、前回の失敗。
私が甲賀先生に対して「先生」と呼び掛けてしまったのが、失敗の原因。
今度こそ気を付けなくては、なんて思いつつ、窓の外の景色を眺めていたら。
「早いよな~、もうすぐ師走だってさ。つい最近新年度になったばっかりのような気がしてるのに」
「そうですね。あっという間でした」
「年度末まで残り三分の一しかないって思ったら、結構焦るよな」
「ええ。私、仕事を覚えるのに必死で、毎日焦りまくって、これでいいのかわからないまま進んでます」
「いいんだよ、それで。俺も必死だけどな。過労死寸前だったし」
ははは、と笑いながら、甲賀先生は話を続ける。
「その時期にしか許されないことってあるだろ? まだ新人の今だから、わからないことがあれば誰にでも聞ける。みんなに頼れる。知らなくて当然だし、はじめは誰もがそうだったから」
「はい」
「でもさ、俺くらいのトシになってくると、自分で何とかしなきゃ、とか、できて当たり前って、自己評価も他人からの評価も厳しくなるんだ。それに耐えられなくなると、体や心が疲れてくるんだよな~。年齢的なものもあるし」
「……そう、ですか」
「うん。だから今、将来を見直してる。俺は今、何を目指すべきなのか。管理職なのか、スペシャリストなのか、現場第一主義を貫くのか」
今年、異動になるって言っていた甲賀先生。てっきり違う小学校へ転勤するんだと思っていたけれど、もしかしたら違うの?
きっと小樽市内にあるどこかの小学校へ異動するのだと思っていた。それなら、会いたくなったらいつでも会える。でも……?
「迷っているのですか」
「そう。色々はっきりしないから」
異動先のことだろうか。それが決まるのはおそらく三月。こればかりはどうしようもない。
「はっきり決まったら、教えてもらえますか?」
「知りたいんだ」
「もちろんです」
「その前に、君もはっきりさせてくれないだろうか」
「何をはっきり、させるのですか」
すると、甲賀先生は大きなため息をついた。
「君は本当に、色々炎上させたり鎮火したり……これ以上はやめとく」
そう言われたところで、私のアパートの前に着いてしまった。
「お疲れ。答えはゆっくり落ち着いて聞きたいから。……そうだな、忘年会の後に」
甲賀先生が何を聞こうとしていたのか、ようやく解った気がする。
聞かれるのを待ち望んでいる自分の姿と、真面目な表情の甲賀先生が重なって、タクシーの窓ガラスに映っていた。