ウェディング・チャイム
「子どもとの距離はどんどん縮めていく君なのに、俺が少しでも距離を縮めようとすれば、君は避けていく。渋谷ちゃんとは打ち解けて話しているのに、俺にはいつまで経っても警戒してる」
「それは……渋谷先生は年も近いですし、甲賀先生は学年主任だからであって……」
「年の差はどうしようもない。このデカい身体も、野太い声も、経歴も黒歴史も変えられない。だから、諦めようと思った」
それって、もしかしたら夏休み頃のこと、だろうか。
甲賀先生に避けられていると感じた、プール監視当番の日を思い出した。
教育実習生の大崎先生に、初めて会ったあの日。
「大崎が、教えてくれたよ。『藤田先生は、甲賀先生のことが好きです』って。『ただ、恋愛レベルが中学生だから、どうしていいのかわからないんです』っていう言葉も付け加えてね」
「……大崎先生ったら」
「だから、ギリギリまで待つことにした。君の恋愛レベルが大人になるまで。俺の異動がはっきりするまで」
「異動、決まったんですか?」
まさか、とても遠くへ行ってしまうなんてことは……。
「まだ、確定ではないけれどね。現場を離れて、行政へ行く」
行政、ということは、小樽市教育委員会か、北海道教育局? まさか、文部科学省?
「ご栄転、ですね。おめでとうございます」
「ありがとう。三か月後には、違う職場になる。内示が出るまでに、はっきりさせたかったんだ」
甲賀先生の手が、私から離れた。
それから、両手を膝の上に置き、体をこちらへ向け、背中を伸ばしている。
思わず私も、気をつけの姿勢になりつつ、顔を甲賀先生に向ける。
「藤田美紅さん、ずっと俺のパートナーでいてください。子ども達が卒業しても、俺が教員じゃなくなっても。君以上のパートナーは、どこにもいないから」
真剣な表情の甲賀先生。私の想いと同じだったなんて。真摯な言葉が心に響いた。
「まだまだ未熟で力不足ですが、よろしくお願いします」
頭を下げ、もう一度顔を彼に向けると、穏やかで、ほっとしたような表情の甲賀先生が見えた。
「これからも、よろしく」
大きな手を差し出された。確か、四月にもこんなことがあったっけ。
私も手を出すと、暖かい両手で包み込むように握手された。
両手をがっちり握手されたまま、甲賀先生の顔が近づいてきて……。