ウェディング・チャイム
そして。
繰り返されるキスの合間に囁かれる睦言をくすぐったく思いながら、自分も勇気を出して声に出す。
「……甲賀先生、好きです」
「だから、先生はいらないって」
「すみません、つい、癖で」
「俺、何かすごく悪い学年主任になった気分」
「ふふふ。本当に悪い人だったら、好きになりません」
「どうかな? 女子は悪い男に惹かれるって言うし」
悪い男、という言葉に、すぐ私の頭の中に思い浮かぶ情景。
押し入れで声を殺して泣く私。言い争う父と母。父は母を殴り、母は悲鳴をあげて逃げた。
母はそのまま、父の不倫相手の家へ行き……。
忘れたいのに、忘れられない。
記憶を振り払おうと、頭を横に振った。
甲賀先生の腕が一瞬緩み「どうした?」と問われる。
「私はそんなことありません。悪い男は父親だけで十分ですから」
「お父さんと、行き来はしている?」
「父と母が離婚してからは、一切ありません」
「じゃあ、お母さんを大事にしよう」
「はい……」
「いつ、紹介してもらえる?」
「早い方がいいですか?」
「うん。お互いの親を、早く安心させたいから」
「私を見たら、逆に不安にさせませんか?」
こんな複雑な家庭で育った、十歳も年下の、童顔で小さな私。
きっと甲賀先生のご両親は驚くだろうな。
「いや、大歓迎されるさ。これでようやく、孫の顔が見られるだろうってね」
「まま孫、ですか!?」
真っ赤になる私を見て、甲賀先生はまた笑った。
「もちろん、ちゃんと入籍してから、だけどさ」
「ですよね! 前に『結婚してから』って言ってましたよね?」
「そう。よく覚えてるな。だから今日は、これで帰った方がいい。保護者が務めてないタクシー会社を選んで呼ぶから」
「え?」
「このまま美紅が俺の隣にいると、順序が逆になる」
あ、名前で呼ばれた!
いや、それより今の話の内容……!
再び沸騰しそうな私をよそに、甲賀先生は立ち上がってスマホを手にとり、タクシーを呼んでしまった。
「家に着いたら、電話して」
「はい」
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
最後にぎゅっと抱きしめられて、頬にキスされた。
「帰せなくなるから、これでやめておくよ」と言いながら。