ウェディング・チャイム
身体を洗ったあと、広いジャグジーで思い切り手足を伸ばして、軽くマッサージをしてみる。
かつてスケートで鍛えていた太ももやふくらはぎは、それほど痛くない。
問題は、お尻と腰と腕だった。
明日は確実に筋肉痛だろうと覚悟しながら、湯船から立ち上がる。
うわ、身体がものすごく重い!
疲れてくたくたな上、浮力の助けがなくなったせいで、今の私のへなちょこな足腰では歩いて一階まで行くのが果てしなく遠く感じる。
それでも片足ずつよいしょっと持ち上げて、ホテル備え付けのパジャマを着て、バスローブを羽織る。ふわふわで気持ちいい。
このまま、すぐ隣のベッドルームへ直行して、眠ってしまおうか。
一瞬、そんな誘惑にかられたけれど。
リビングでは、甲賀先生が待っている。
せっかく一緒に過ごすのだし、まだ九時だから、何か飲みながらおしゃべりしたい。
ああ、でももう疲れたよパトラッシュ……。
「おーい、美紅、のぼせてないか?」
「生きてるかー?」
「へんじがない。しかばねのようだ……って、まさか倒れてないよな! 上に行くぞ!」
バスルームから出てすぐのところで、私はまた妄想の世界でパトラッシュをもふもふしていた。
なでなで、もふもふ。妄想していたのよりちょっと固めの毛だけど、アイスミントのいい香りがした。
ん?
「こんなところでまた妄想のパトラッシュと寝てたのか!? 風邪ひくぞ! 全く、世話のやけるお嬢さんだ……」
身体がふわりと浮いた、と思ったら、甲賀先生が私をお姫様抱っこしているところだった。
「ひゃあ!」
「朝早かったし、疲れていたんだな。今日はもう寝よう」
ベッドの上にそっと降ろされた。
「おやすみ。今夜はパトラッシュと一緒に寝るといい」
「……もっと、甲賀先生とお話ししたい。一緒に飲みたいです……」
「でも、もう無理だろ? 明日もある。いや、これから先もずっと」
「ずっと?」
「そう。一緒に暮らす時間の方が長くなるから。だから今日はおやすみ」
「……おやすみなさい」
再び夢の世界へ行く前に、甲賀先生が私の頭を撫でていたのを、何となく覚えている。