ウェディング・チャイム
目線を合わせて話す。
子どもと話すときの、基本中の基本。
それは、心を通じ合わせるため。
相手に威圧感を与えないため。
相手を尊重しているという態度を示すため。
甲賀先生は、いつだって未熟な私のことを尊重してくれた。
「私、ものすごくネガティブなところがありますよ」
「そうらしいな。最初のころは悪いことばっかり考えて、応戦するのが精一杯って感じだった。でも、だんだん変わってきただろ?」
家庭訪問で、子ども同士のトラブルに頭を抱え、ため息ばかりついていたあの頃。
運動会で、やる気のない子ども達を見てもがいていたこともあった。
「運動会の時、わざとライバル心むき出しにして、私をやる気にしてくれましたよね」
「ははは。あれはわざとじゃない。本気で勝ちにいこうとしてた。あわよくば美紅の手料理をご馳走してもらえるんじゃないかって期待して」
「……手料理なら、これからいくらでも作ります。でも、たまには外食に連れてってくださいね」
「もちろん。公にしてからな」
「それに私、あまり気の利いたことはできませんよ」
「まあ確かに『来月誕生日だ』って言ったのに、華麗にスルーされたっけ」
「……そういえば、聞いた覚えがあります。ごめんなさい。いつだったんですか?」
「婚姻届けに書くから、それ見て覚えといて」
「ううう、すみません」
「あと何か言っておきたいことは?」
そう問われて、一番大きな不安を吐き出した。
「怖いです。甲賀先生は私の父とは違うって解ってるのに。失望されたらどうしよう、結婚生活が続かなくなったらどうしよう、今が一番幸せだから、これからはもう不幸になっても耐えられるように、心の準備をしておかなきゃ、とか……」
話しているうちに、どんどん不安になる。悪いことばかり考えてしまうのは、私の悪い癖。
「それは俺も同じ。俺の方が飽きられるんじゃないか、失望されるんじゃないか、年の順からいって先に病気になって迷惑かけるんじゃないかって」
甲賀先生のこんなに悲しそうな顔は、初めて見た、と思う。
私よりずっと大人で経験値のある甲賀先生も、初心者の私も、迷いがあるのは同じだったんだ……。